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話すも地獄、話さぬも地獄


 怖い、怖いよ。お母様が怖い。


 一時は怒りが収まっていたはずのお母様がみるみるうちに不機嫌になってく様は、まるで悪夢を見ているみたいだった。


「……というわけで、あの。勝手に遠出するのは悪い事だと分かってはいたんですけど、うっかり口を滑らせたせいで期待されてたのもありまして。決して私一人の欲のみで動いていたというわけでもなくてですね。美味しいお菓子が作れればみんなを笑顔にできますし、あと海の実物を見るという社会勉強的な側面も」


「もう結構。貴女の言い分は理解しました」


 なんとかお母様の怒りを買わないようにと懇切丁寧に説明しようとしても、結果はこのザマ。にべもなく切り捨てられる。


 一応それなりに聞いてはくれるんだけど、ただの言い訳と思われている可能性が大である。でもそれだと困るんだよなぁ。


 要点だけを簡潔にまとめられちゃうと、今の話なんて「食べたいお菓子の材料がどーしても欲しかったので無断で買いに行ってました!」くらいの意味になっちゃう。こんなの私が食欲に忠実なおバカさんみたいではないか。

 実際にはその結論に至るまでの複雑に絡み合っている前提条件こそが大切だというのに。


 確かに、結果だけを見ればその通りだろう。

 私が望み、お母様に無断での決行を決意したことは事実である。


 だが事実と真実は決してイコールではない。それが全てなどということはないのだ。


 美味しいお菓子が大切なのは当然だけど、それだけの為にそんな、バレた時に言い訳ができないような状況を私が作ると? 常にお母様に叱られる心配をしているこの私が? そう、そんなことはありえないのだ!


 だからこれは、私が我慢しきれなくなってーとかそんな話じゃなくて。……えーと、ほら。


 普段私たちの食を支えてくれている副料理長が、恐れ多いからと口に出せずに心の奥底へと秘していた新たな食材への渇望を、気遣い上手な私が優しく汲み取ってあげた結果、とか?


 あとはほら。いつも笑顔が少ないお母様を、少しでも笑顔にするために、みたいな?

 家族に笑顔を届けるために、自らが叱られることすら覚悟して行動したという美談ですよ。


 他には、えーと……。……地域の違いによる、物価がー……、……。その、経済? とか、そのぉ、えーと……。

 ……ま、まぁほら! 知らない土地の常識を知るのも大事かなって! ね!


 とにかく!


 一石二鳥どころじゃないお得な理由があった。だから動いた。


 つまりは私利私欲でお母様の言いつけを破った訳では無いんですよね。うんうん。そこの所を是非ともご理解頂きたいわけです。


 ……まあ、肝心のお母様が真面目に話を聞いてくれないんだけどさ。



 で、それはそれとして。


「………………ふう」


 さっきから険しい顔をしながら時折溜め息を吐き出すマシーンになっちゃったお母様がめっちゃ不穏なんだけど。私はどうしたらいいんだろうね?


 ねえ、信じられる?

 普段から私に「常日頃から淑女として恥ずかしくない行いを心掛けなさい」って言ってるお母様が、これみよがしにおっきな溜め息吐いてるんだよ? あまつさえ、イライラしてる様を隠そうともしないんだよ? あの礼儀にうるさいお母様が!!


 そのお姿は淑女として相応しくないと思いまぁす! なんて心の中で思ってふざけてないと、すぐさまあの眉間に深く刻まれたシワに萎縮しきっちゃいそうで堪りませんよホント。


 お母様が怒りを顔に出すのって結構ヤバいからね。無表情でも当然ヤバいんだけど。


 私はよくもまだ生き延びてるもんだと我ながらに感心するね。


 ……そう思った次の瞬間、私はその理由に思い至った。


 ああ……、そっか。まだ話すことが残ってるからか。

 ってことは、必要なことを全部喋り終わったら、お母様が自ら介錯してくれるのかな? なんて、ふふ。

 それなら未だに小言のひとつもないのも納得だねぇ。あははー。


 ……実はもう私、半分くらいは死んでるんじゃないかって気がしてきた。


 喋り終えた先に待つのが死なのだとしたら、喋る度にちょっとずつ死ににいってるみたいなものだし……。

 怒られると分かってる事を話してるのに黙っていられるのって、精神的にかなり辛いんだよね……。いや本当に……。


「もう聞きたいことは聞き終えましたから」とか言われて切り捨てられるなら、むしろ気が楽になるかもしれない。


 ……私もだいぶ精神が病んできたかな。


「……それで? 次はなんですか? どうせまだあるのでしょう。さっさと話しなさい」


 そして救いは未だ遠く、と……。


 心の整理が終わったらしいお母様が、また私を見据えながら次の話を促す。


 そのジトッとした目が、私を絡め取って逃がさない。


 身体がね、勝手に震え出すんですよ……。


「え、ええっと、他には……」


 喋りたくない。でも喋らないと怒られる。なのに喋っても怒られる。

 いや、怒られはしないけど、怒ってる気配だけはどんどんと強くなる。


 どうすればいいの? 私はどうすれば良かったの?


 もはや何が正しいのかもあやふやなまま、私はお母様に急かされ、あらゆる情報を開示させられ続けた……。


――天敵。

それはどちらが強いとか弱いとか、そんな次元の話ではない。

この相手には勝てないと、歯向かう気すら起こらない。そんな相手。


それこそが天敵。

ソフィアにとってのアイリスである。

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