アーサーくんのイタズラ
本日の授業もつつがなくこなし、放課後。
やっぱりネムちゃんがいないと寂しいなーということで、ネムちゃんの事を聞くために学院におけるネムちゃん窓口である【探究】の賢者の研究室に赴いたのだけど、あいにくそこは無人だった。
相変わらず使えないおっさんである。
それでも一般的な認識として賢者と呼ばれる程度には有名人なはずだから、同じ棟に研究室を持つヘレナさんなら何か知っているかもしれないなと思い、こうしてお菓子をごちそうになりに来たわけだ。
ぶとうのムースケーキおいしいよお。
「というわけで、【探究】さんの居場所を知りませんか?」
一個目を食べて一息ついたところで、ヘレナさんに切り出した。
「何が『というわけで』なのか知らないけど、私が賢者様の動向を知っているわけないでしょ」
今日も机にへばりついて何か作業をしていたヘレナさんがこちらも見ずに答える。
そう都合よくはいかないか。
困ったな〜、どうしようかな〜。
これはもう、ヘレナさんがなにかを思い出すまでここでお菓子を食べながら待ってるしかないかな〜。なんて冗談半分に考えていたら、隣に座っているアーサーくんが、おもむろに私の脇腹を突っついてきた。
止めてぇそこ弱いから。変な声でちゃうぅ。
急に何事かとびっくりはしたけど、でもいつもは私からのアクションが多いアーサーくんの方から構ってもらえるのは、ちょっぴり嬉しかったり。
急にどうしたんだろ? いつも可愛がってるお返しかな?
腹筋に力を入れてくすぐったいのを我慢しつつ、可愛らしいイタズラの真意を聞いてみることにした。
「にゃっ、なぁにアーサーくん?」
変な声出たー! 恥ずいー!!
力入れた途端に位置ずらすのズルいって! 偶然だろうけど今のはないって!
覗き込むように見上げるアーサーくんの愛らしい瞳が、咄嗟に取り繕った笑顔の仮面に突き刺さる。
「いま、へんな声……」「気のせいだよー?」
目と目でそんな会話を交わし、なんとかやり過ごせるかと思われたその時。私の脇腹に置かれたままだったアーサーくんの手が、今までとは比べ物にならないほどに強く! 激しく! 動き始めた!!
「っ! ……ぃ、ちょっ、……っ!」
ああっ! だ、ダメぇ! 揉まないで! それはっ、くぅっ! さすがにっ我慢出来ないぃいっ、くうぅっ! やぁ、やめてぇーッ!
少し触れただけなら我慢もできる。突っつかれたってぴくんとする程度に抑えられる。
でもね、揉むのはダメ。
絶妙にフィットするちっちゃい手で、くすぐるのを目的にめちゃくちゃにされたら、我慢なんて出来るわけないでしょォ!?
「あ、あのっ、あっ、アーサーくんんっ!? ちょっ、うひっ、くぅっ、あ、あははっ、いやぁあはははっ」
だ、誰だアーサーくんにこんなイケナイ遊び教えたの!
王子様が人前で淑女を辱めてるけどいいんですかこれ! 婦女子が暴行を受けてる現場と相違ない状況になっちゃってるけどいいんですかこれ!? 反撃したら不敬罪とか言われない!?
ていうかぁっ、これっ、っ、くすぐり! くすぐりって魔法の天敵じゃない!?
冷静に思考も出来なくて対抗する魔法思いつく暇もないんですけど!?
予想外に追い詰められた状況で、それでも頼りになるのはやはり、使い慣れた魔法しかない。
私は袖の下に隠したワープゲートを突き出し、祈るようにして全力で、家にいるだろう救世主に助けを求めた。
(フェルううぅぅぅすぐ来て!!!)
「キュウ!」
困った時にはすぐ推参。
心の中で呼んだ次の瞬間には既に飛び出していたフェルが、私を襲う可愛い襲撃者の襟元に突っ込んだ。
「わっ、なんだ? えっ、あっ、あははははっ!」
身体中を這い回り、私が受けた分のお返しとばかりにアーサーくんを笑い転がすフェルの活躍により、私はようやく執拗に絡みついてきていた愛らしい手から開放されることができた。
はあーーー、助かった……。
半分くらいは嬉しかったんだけど、残り半分は本当に辛かったからね。くすぐり弱いんだよ昔から。ちょっと触られただけでもすごいくすぐったくなるの。
だから面白がってやりそうなアーサーくんには隠しておきたかったんだけど……これは完全に手遅れだね。
防護魔法で感覚遮断もできないことはないんだけど、あまり不自然なことしたくないし……。また何か別の対処法を考えておく必要があるかな。
でも、今はとりあえず。
「おっ、おいソフィア! なんだこれは!? は、早くなんとかしろ!」
フェルにされるがままになっているアーサーくんの相手をしてあげないとね?
「はいはい、ちょっと待ってね〜」
まずは暴れないように足を押さえて、と。
フェルは放っておいても捕まることはないだろうから放置してー。
「あはははっ! お、おいソフィア? お前なにを――」
「アーサーくん」
抱きかかえるようにして腕を封じつつ、ポジショニングは完了。
「やっていいのは、やられる覚悟のある人だけなんだよ?」
――言い終えると共に、脇腹を思いっきり揉みほぐしてあげた。
やられたら、やり返す。
一匹+一人の倍返しだ。




