勝てる気がしない
お母様が私の容姿を好きなのは知っていたけど、それ以上にお兄様に甘いとは知らなかった。
やっぱあれかな。父親は娘が好きで、母親は息子が好きとかそーゆーやつ。
そうでなくともお兄様は魅力的に過ぎるからね。
お兄様の魅力を前にしては肉親、それも自分の息子であろうと辛抱たまらんと、そういうわけだな。気持ちはよく分かるよお母様。血の繋がりとか関係ないよね。
はっ、となるとお母様は私のライバルということか!?
いくらお母様といえどもお兄様の愛は渡せない! お兄様の愛は私だけのものだー!! ……けど、それはそれとして。
……お母様とお兄様がベッドでにゃんにゃんしてるとこ想像すると、ヤバいな。
大人っぽくて色気溢れる二人が、ベッドの上でしっとりとしたラブシーン……。おおう、なんたる背徳感。
しかもしかも、そんな落ち着いた雰囲気の二人の間に私が入れば、同性のお母様から手ほどきを受けながらお兄様にリードされて嬉し恥ずかしの初体験を、ってぇこれはダメだって! それはダメ!
そんなズブズブの爛れた関係、頭がどうにかなっちゃうよぅ!!
お兄様もお母様も大胆すぎ! ソフィアを淫蕩の世界に連れ込んでどうするおつもりですか!? 癖になったら責任取って毎晩相手してくれるんですか!?
いや、いや、しかし裸のお兄様も芸術品のように美しいけど、お母様もプロポーション抜群で、私が見劣りしちゃうというかその、実に立派なものをお持ちで。
将来私がお母様みたいに成長したら、必ずやお兄様を満足させられると――。
「ソフィア……」
「はいィッ!?」
イタイッ! 痛いよ!? なんで私、手の甲抓られてんのっ!?
抗議しようと涙目のままお母様を見上げたら、思った以上の冷めた目で見下ろされていて、思わず口を噤んでしまった。
「今、私で……、いえ。私とロランドで、変な事を考えていませんでしたか?」
だからなんでわかるの??
表情を変えずにやり過ごせたのは奇跡だと思う。
「そんな事は考えていまへんよ?」
「……」
うっそでしょ。
噛んだわ。見事に噛んだわ。冷や汗が止まんない。
疑うようなお母様の視線が痛いのなんの。
ジーッと私の動揺を見逃すまいとする瞳に射竦められて、身動ぎひとつできやしない。
あ、また涙出てきたぁ……。
「……。ちゃんと話を聞いてなさいね」
「はいぃ……」
呆れた声と共に視線の重圧から解き放たれて、血の気の失せていた顔に今度は熱が上がってくるのを感じる。
エロ妄想してた事まではバレてないだろうけど、にしたって猛烈に恥ずかしい。
噛んだせいなんだろうけど、みんなの視線が私に集中していて、それがまるで私のエロ妄想を責めてるみたいに感じられる。
「こんな場所でなんと破廉恥な……」「ソフィアはいやらしい子だったんだね……」というみんなの声が聞こえる気がするのォ!!
「……あの私、体調が悪いようなので退席を……」
体調を理由に場を辞そうとするも。
「嘘はやめなさい」
とのお母様の一言でバッサリ切られ、離脱の道は絶たれた。
うわーんお母様のバカぁ! 人でなし! 鬼! 妖怪鉄面皮!
恥ずかしがってる娘の顔を男の人達に晒させるなんて、お母様には情ってものがないのか! 女として下り坂のお母様とは違って、私にはまだまだこれから――
「ソフィア?」
「ハイ」
一瞬で頭が冷えた。
おかしいね? 体感温度を快適に保つ魔法は持続中なのに、寒気がするんだ。
お母様は視線から冷気を送れる系の魔女としての素質もあるのかもしれないね。
「……ふう。全くこの子は……」
お母様の嘆息を聞いても、もう油断はない。
そうやって油断させておいて、また脳内でお母様に文句を言ったところで叱るんでしょ。どうやって思考読んでるのかは知らないけどもう騙されないもんね。
うう、お母様も王様くらいチョロければ簡単に出し抜けるのにぃ。
「えーっとぉ……そう、魔法よね。この人が聖女ちゃんに魔法を使っていた……という話だったわよね?」
王妃様ナイス!
どうかそのまま話題を逸らしてください!
ていうかみんなしてお母様に気を遣う必要ないから!
私へのお小言なんていくらでも遮っちゃっていいから、お願いだから普通にお話続けてて下さい! でないと私、めっちゃ居た堪れないんで! 注目とかしないでー!
「あ、ああ。それはきっと、何かの間違い……」
「ではないでしょうから、僕の方から詳しく説明しますね」
しらばっくれようとする王様に、お兄様の華麗なインターセプトが決まる。
不服そうに睨む王様の視線を受けても笑顔が崩れないお兄様を見てると、どちらが優位な立場なのかは明らかだ。
そんな二人を見て、ふと気付いた。
……傍から見たら私とお母様も、あんな感じなのかなあ。
あの王様のポジションは嫌だな。
「ソフィアが黙っている時は、大抵ろくなことを考えていませんからね」




