国王視点:【無言】の血筋
「うん? アーサーはどこへ行った?」
未だ幼い息子の姿が見えない事に気付き、妻に尋ねた。
「アーサーでしたら、ほら、こちらに。……うふふ。この子ったら、聖女ちゃんが来るから恥ずかしがっているんですよ」
「なっ、は、恥ずかしがってなんかいません!」
妻が長椅子の裏を覗き込めば、すぐに反抗的な返事が返ってくる。
全く……何をやっているんだ。
「あまり礼を欠いた行動を取るな。王家の恥となる」
これから来るメルクリス家の者たちはみな優秀だ。
あの異常な息子はともかく、現当主とその娘。
この二人には隙を見せず、有利な立場を確立せねばならない。
第一印象が肝要だ。
「では恥とならないよう、ずっとここにいます」
……だというのに、この馬鹿息子は。
「勝手にしろ」
全く自覚が足りない。己がどのような責務を負って生まれついたかの自覚が。
最近はますます生意気になり、俺から逃げるとすぐに妻に甘える姿がまた……と、いけない。今は息子のことよりも優先し泣ければならないことがある。
……この日の為に、準備をしてきたのだ。
「家族同士で会いましょう」と条件は付けられたものの、あらゆる方面から情報を集め、万端の準備は整えた。何も問題は無いはずだ。それなのに。
どうしても……不安が消えない。
ヤツが執着する妹。
あの【無言】の娘。
二人に対する苦手意識が、俺を不安にさせるのだろうか。
それとも……集まった情報を精査しただけでも伝わる異常性が、氷山の一角に過ぎないと、心のどこかで理解しているが故の畏れだろうか。
噂は噂に過ぎず、その実態が何の変哲もないただの少女であれば助かるのだが……あの二人の態度からして、その様なことは無いのだろうな。ふう。
俺の手に負えればいいんだが。
「うふふ。そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。聖女ちゃんは可愛らしい子ですから」
「……そうか」
まだ数回しか会ったことがないはずなのに、妻にこれだけの信頼をされている。
それもまた不安の種であった。
……。今にして、思えば。
あの娘が現れてから変わり始めたのだ。この国は。
魔物の発生率は原因不明のまま年々飛躍的に増加し、騎士団どころか魔物退治の専門家であるはずの賊にまで被害者が出ている明らかな異常事態。
王都を中心に広がりを見せるこの異常事態に、しかし原因の一つも分からないでは焦りが募るのも当然ではある。新たな脅威も迫りつつあり、もはや猶予は殆ど無い。
原因となる悪を作り、糾弾する事で心の安寧を求めたくなる心情は理解しよう。
しかし、その原因を一人の娘に押し付けるのは、あまりに……。
かつて王室の預言者が「彼女こそが災厄の芽である」と断定し危険視した幼子、ソフィア・メルクリス。
だが彼女は災いとは無関係に健やかな成長を果たし、新たな預言では「彼女こそが災厄を退けうる術を持つ者である」として名が挙がったことで一転、希望の聖女として祭り上げる向きが強くなった。
子供一人に責任を負わせるつもりは無いが、しかし彼女には確かに、なにかがある。
力ある者が弱者を救う。それは貴族としての責務ではあるが。
しかしそれも、力を正しく振るえるという前提あってのものだ。
災いか、希望か。
彼女の本質は果たして、どちらなのか。
俺はこの国の王として、彼女を見定めねばならない。
◇◇◇
なんなのだこの娘は!? この家族は!!?
ヒースクリフの言うように、まるで天が遣わしたかと見まごう様な雰囲気にすっかりと騙されたわ!!
この娘、間違いなく【無言】の血を色濃く継いでいる! でなければこうも堂々とした嘘が吐けようはずもあるまい!!?
俺の魔法を易々と防いでおきながら「魔法は使っていません」だなどとどの口が言うのか……ッ!
あまつさえ、聖女になる身であるというのに神への忠誠心が欠けらも無い!! 神を裏切るのに一瞬も迷わなかったぞこの娘!? 【無言】は娘に一体どのような教育を施してきたのだ!? 俄には信じられん!!
そしてロランド! 貴様もだ!!
あれだけの交換条件を受け入れてやったというのに、貴様の寄越した情報は何の役にも立っていないではないか!!
いつ帰るか不明なはずの【無言】がいつの間にか王都に居て、権力に弱いはずの娘は平然と国王たる俺に嘘を吐く! これでは約束が違う!!
……だというのに、冷静になればなるほど、ヤツの言動に不備は無かったと分かるのがまた、腹立たしい。
【無言】の長期不在は、確かに知らされた。威圧的に迫れば娘は嫌そうな反応をする。苦手なのは嘘ではなさそうだ。
しかし頑なに魔法の使用を認めないのは何故だ? 何故隠そうとする?
理由は分からないが、こちらに暴く手段がない以上惚けられては為す術もない。
ここまでが、お前の策だと言うのか。ロランドよ。
こちらの思惑を潰して満足したか。
……それともまさか。
まさかあの話が、本心だったのか?
『ソフィアは優しいんだ。命令するのではなく、きちんとお願いをすれば――』という、あの言葉が?
無言「必要のないことは話しません」
無言の娘「話す気とかないです」
無言の息子「嘘は言っていないよ?」
王様「もうやだこの家族」




