諦めるにはまだ早い
ネムちゃんに心折られたヘレナさんに、手助けをすることにした。
いやあネムちゃんもいいこと言うよね。
「できないことはやらない。できることだけやる」だっけ? 私その考え方好きだなあ。
落ち込んでる同性の大人を慰めるのはあんまり得意じゃないからネムちゃんに任せたけど、解決策の分かってる問題への対処ならお任せあれ。
早速ヘレナさんにやる気になってもらうことにした。
「ヘレナさん。ヘレナさんの魔法がどうして使えなくなったのか、私たぶん分かりますよ」
なにせ同じ失敗をした経験者だからね。
同じ所でつまずいた先達として教えてあげようと思ったのに、ヘレナさんの反応は芳しくなかった。
「……ソフィアちゃんも天才だもんね。教えてくれるのは嬉しいけど、私なんかに理解できるかどうか……」
あかん。ネムちゃんのがトラウマになってる。
ネムちゃんの講義も中々聴き応えはあったんだけど、あれは真面目に聞いて理解するものじゃない。あれは心構えを学ぶやつだったからね。
魔法を使うにはどうするのか、どうすれば魔法がまた使えるようになるのか、ってつもりで聞いても理解できなくて当然のやつなんですよー。
あれ理解できるのは天才じゃなくて同じ感覚派の人だけだと思うね。私の友達なら、ミュラーとかカレンちゃんとか、そのあたりかな。
「一応、聞いてくれませんか? ほら、聞くだけならタダですし」
「タダってそんな……。こちらが教えてもらう立場なのに」
気分を軽くしてもらおうと振った冗談もあえなくスルーされた。
こりゃヘレナさん、本格的に弱りきってるね。
こんな状態で魔法なんか試したって上手くいくわけない。
特に一度失敗した魔法のやり直しなんて、平時の精神状態ですら難しいのに。
わざわざ難易度上げて失敗して、「ほらやっぱり無理だった」なんて経験を積み上げるなんて愚の骨頂。ベストは失敗の事なんか気楽に忘れて「今日は調子良いからできそう〜」ぐらいのゆる〜い気持ちでチャレンジしてくれる事なんだけど、まあヘレナさんのキャラじゃないよね。無い物ねだりはしないさ。
となると、そうだな……よし。
アレ、試してみるか。
「では、説明の前に……ちょっとおまじないしましょうか」
「「おまじない?」」
さっきまでヘレナさんの役に立てなくていじけてたのに、おまじないの言葉に釣られてひょっこりとネムちゃんが復帰した。
今はお相手してる余裕が無いので、シャルマさんに引き取りを依頼。快い了承に感謝を。
だがネムちゃんを静かにさせるアイテムとして軽い気持ちで渡した新作の知恵の輪に、シャルマさんとヘレナさんまでが食い付いたのは予想外だった。
シャルマさんはいいんですよー、ネムちゃんと一緒に知恵の輪で楽しんでくださればー。
でもヘレナさんは私の話に集中してくださいねー?
名残惜しそうに知恵の輪で遊ぶ二人を見やるヘレナさんには、ライターを取り出して火を点けて見せることで注意を取り戻させることが出来た。
はいはい、このライターは後で売ってあげるから今は私の話を聞いてね。
あとライターじゃなくて火、火を見てね。
ヘレナさんが落ち着いたところで、おまじないを開始した。
「これはヘレナさんの心に潜む弱さを打ち払うおまじないです。火をじっと見つめることで、心の弱さが焼き殺されちゃうんです」
「物騒ね」
そこはどう感じようとどうでもいいんだ。どうせ嘘だから。
「はい。物騒です。なのでヘレナさんは、この火を監視し続けます。私の声と、火と。それ以外は目に入らなくなる。火に魅入られて、だんだんと、何も考えられなくなっていく……」
……ちょっと導入早かったかな?
自己暗示はよくやってたからやり方も分かるんだけど、他人への暗示はあんまり経験がなかったから、やっぱり細かいところは忘れちゃってるな。
本当はヘレナさんの記憶を直接弄れれば早かったんだけど、シャルマさんはともかくネムちゃんの前でやると多分、何やってるかバレちゃうんだよね。記憶の操作はまず記憶の走査から入るから時間もかかるし、書き換え中に失敗なんて絶対できない。割と融通の聞かない面倒くさい魔法なので。
だから催眠術なんて懐かしい手段でヘレナさんの意識を変えることにしたんだ。
魔法よりは手間もかかるし、確実性も落ちるけど……落ち込んだ人を前向きな気分にさせるくらいなら十分に可能なはず。
久々だけど、がんばろっと。
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