ネムちゃんの密告
ヘレナさんは金欠らしく、私の新しい魔法を研究するほどの余裕が無いことをとても悔しがっていた。
それだけなら「残念だったね」で済む話なんだけど……。
ヘレナさんの嘆きの言葉を聞いて、その言葉の一部に反応を示す人物がいたんだ。
その人物とは……ヘレナさんの勢いに押され、すっかり話から追い出されて暇をしていると思われたネムちゃんである。
くいくいっと袖を引かれる感触に振り向けば、「ねーねーソフィア」とネムちゃんが口を開く。
「なぁにネムちゃん?」
また私の手持ちのお菓子を要求されたらどうしようかと内心ビクついていたが、幸いにもネムちゃんの関心は別のことに移っていたようだ。
「ヘレナって魔法陣作る人なの? 新しいやつ?」
流石は賢者の弟子といったところか。
ネムちゃんはヘレナさんの研究に興味があるみたいだった。
「そうだよ」
ヘレナさんは数少ない、魔法陣の研究をしている人。そう聞いている。
とはいえ私も、ヘレナさんが新作の魔法陣作るところなんて見たことないんだけどね。
この部屋にはよく来てるけど、その時の印象をぶっちゃけると、魔法陣の研究より権力者へのゴマのすり方を研究してる時間の方が長いんじゃない? って感じ。
いや、ちゃんと魔法関連のアレコレもしてるんだろうけど、愚痴がね?
素材の手配がどーとか融通が利かないとかボロボロ零してる愚痴なんかや、あの人は人を見る目があるとかこの人は先見の明があるとか言ってるのを聞いた限りではって話なんだけどね?
ちゃんとカッコよく仕事してるところも見た事あるのに、イメージって不思議だよね。
「やっぱりそうなんだ!」
ヘレナさんが未知の魔法陣を作れる人だと聞いて、驚きを露にするネムちゃん。
ネムちゃんも魔法陣に興味あるのかな? と思ったら、事態は思わぬ方向に進み始めた。
「ならさっき言ってた転送の魔法陣って、『精霊の小道』のこと? じゃあじゃあ、先生が言ってた無駄な努力してたのって、ヘレナのことだったの?」
聞き覚えの無い単語が気になるけど、それよりも後半に言っちゃった言葉がヤバい。
侮辱的な発言ってのもそうだけど、それだけじゃない。
私は知っている。
時空という概念を知り、私のアイテムボックスを誰もが使える魔法陣という形に落としこもうとあらゆる手段を模索していたヘレナさんを。
そしてその努力が実を結ぶ前に、唐突に摘み取られた無念に嘆く、ヘレナさんの慟哭を。
「……精霊の小道、ですって?」
おお怖っ。
怖い顔してるヘレナさんを見るまでもなく、もう私わかっちゃったもんね。
これってあれでしょ? 王様から「もうその研究やめていいよ」って支援打ち切られたのがあのおっさんのせいだったってことでしょ?
先を越した相手が誰なのか教えてくれなかったって言ってたけど、この度ネムちゃんのお陰で無事に判明しましたってことだよね。
……にしても、研究するのが仕事の人に対して「無駄な努力」って。アイツは一体何様なの?
ってああ、元魔王様(笑)でしたっけ? そろそろぬいぐるみの下僕にジョブチェンジしたらどうかな。
「ネフィリムさん」
「ん?」
おお、ヘレナさんの気迫を前にしてもネムちゃんはいつも通りに小首を傾げて……。
うむ。かわゆいな。
「『精霊の小道』は、【探究】の賢者アドラスが齎した物なのね?」
「そーだよ?」
そして軽いな。
ヘレナさんがネムちゃんを怖がらせたら間に入ろうと気を張ってたこっちがバカみたいだ。
「そっ……かぁ〜〜〜」
ネムちゃんの返答を聞いて、ヘレナさんはでっかい溜息を吐く。
特大級だった。
「賢者様が相手じゃあ、仕方ないか……」
「え?」
なんでそうなる?
待って、おかしいでしょ。
ヘレナさんは王様から支援を受けて真面目にお仕事をしてただけなのに、別口で完成品を持ってきたあのおっさんのせいで正当な評価を得られなかったんでしょ?
悪いのは王様とアドラスとかいうおっさん二人組じゃん。
「ヘレナさん、怒らないの?」
「怒る? 何に?」
何に、って……。
「研究を横取りしてー! みたいなこと言ってたから、てっきり……」
あれ、言ってた……よね? あれ? 私の勘違い?
なんだか自信なくなってきた。
「いやー、でも賢者様が相手じゃ仕方ないでしょ」
いやいや全然仕方なくないでしょ。賢者がなんぼのもんじゃい。
なんなのこのヘレナさんの異様な賢者に対する諦めの早さは。
お母様だって賢者の一員のはずだけどヘレナさん余裕でタメ口だし、それどころか弄り倒して遊んだりだってしてたじゃんか。
なによりあの変態賢者なんぞにヘレナさんがこんな殊勝な態度取っている事実がとても気に入らない。
賢者のネームバリューって予想以上に大きいんだなぁ……。
…………よし。
賢者に憧れてるヘレナさんには悪いけど、ちょこっとだけ真実を教えてあげようかな。
ソフィアに嫌われたのが運の尽きすぎる……。
がんばれおっさん。




