学院のオアシス
「ここは学生が食事をする為の場所ではないのだけど」
「まあまあ、そう言わずに」
そんなことを言いつつもお茶とお菓子を用意してくれるヘレナさんが私は好きだよ。
実際に用意してくれるのはシャルマさんだけどね。
というわけで、放課後ティータイムである。
本日のベリータルトも大変美味しゅうございました。
口に含ませた紅茶にベリーの余韻が混じるのを愉しんでいると、食べ終わるのを待っててくれたヘレナさんが僅かに身を乗り出した。
「それで、ソフィアちゃん? なんでネフィリムさんをここへ連れて来たの?」
責めている様子ではない。純粋に疑問に思ったのだろう。
少し迷ったが、ここは素直に答えておくことにした。
「彼女と話すことがあったので、どこか良い場所はないかと探していたんです。でもその途中で少し嫌なことがありまして。話の前に甘い物でも食べて気分を変えたいな、と思った時に真っ先に思い浮かんだのがここだったので。失礼かもとは思ったんですがお邪魔しちゃいました」
てへりとあざとく舌を出してみたりなんかして。
「……本当にお菓子を食べに来てたのね」
ヘレナさんは「呆れた」といわんばかりに頭に手をやっていたが、怒るつもりはないみたいだった。
えへ。ごめんね?
我ながら研究室に来る理由としてはかなり失礼なことを言った自覚はあるけど、それを許してくれる確信があったからこそ、気の休まる場所と認識しているここへ来たのだ。
実際私のささくれ立っていた心は、今やかなり落ち着いている。
ヘレナ研究室は私の心のオアシスだね!
「ソフィア様のお力になれたのなら何よりでございます」
空になったカップにすかさずお茶のお代わりを注ぎながら、シャルマさんも優しい言葉をかけてくれるし。
はあ〜いいわあ。安らぐ。
私は甘やかされると元気になるタイプだから、このくらいだだ甘なのがほんっと幸せ。
お母様もヘレナさんくらい寛容で、リンゼちゃんもシャルマさんくらい従順だったら、我が家は完璧な快適空間だったのにね。
……んー、でもそれはそれで物足りないかも?
お母様のかわいらしさは、普段のクールさとのギャップが破壊力に直結している。
いつもは澄ましていてお小言も厳しいお母様が時折見せる子供っぽい仕草だからこそ、鳥肌が立つほどの感動を覚えるのかもしれない。
同じように、リンゼちゃんだって。
ツンデレメイドからツンを取ったら、残るのはただのデレメイド。
私に従順でご主人様愛に溢れたリンゼちゃんなんて、そんなリンゼちゃんは……、そんな、のは……。
あれおかしいな。なんだか背筋がゾワゾワする。
私に無条件に優しいリンゼちゃんとか想像しただけで違和感がすごくて寒気がしてきた。私の中ではリンゼちゃん=ツンデレの図式は絶対みたいだ。
「……我を満足させるとは。見事だ」
「ありがとうございます」
っと、私がだだ甘家族を妄想している間に、ネムちゃんとシャルマさんがまるで主従みたいな会話を交わしてた。
突然に始まるネムちゃんの魔王様プレイにも難なくついていけるとは……。
流石はシャルマさん。大人の女である。
「よろしければ紅茶のお代わりをご用意致しますが、如何なさいますか?」
「うむ。もらおう!」
「かしこまりました。では少々お待ちくださいね」
わー、ネムちゃんも元気だねー。シャルマさんに遊んでもらえて良かったねー。
気分アゲアゲでるんるん笑顔のネムちゃんを堪能していると、聞こえるか聞こえないかの微妙な声量の独り言が聞こえてきた。
「……ソフィアちゃんでも嫌な気分になることがあるのねぇ」
ネムちゃんの大音響スクリームが終わった直後に聴覚強化戻してるんで、丸聞こえなんですよね。
ていうかヘレナさん? それどーいう意味ですかね。
私にだって嫌な気分になる時くらいありますよう!
前にヘレナさんが持ってきた手作りのお菓子を無警戒で食べちゃった時だってかなり嫌な気分になりましたよ!? 自らの黒歴史を無かったことにしないでー!
ヘレナさんの呟きに、心の中で返事を返す。
だって現実の私はほら、今はちょっとスコーンを食べるのに忙しいというか、口さんが正に今嫌な気分を払拭しようと頑張っている最中というか。
嫌な気分は幸せな気持ちで上書きしちゃうのが一番だからね。
あー、しかし辛いわー。幸せな気分になるのも楽じゃないわー。
美味しいお菓子を食べるのに忙しくてヘレナさんの呟きに反論できないストレスがまた私を過食に走らせるぅー。あー、次はしょっぱい系のお菓子がいいな。甘いのちょっと飽きてきた。
私の心の声が聞こえた訳でもないだろうけど、ネムちゃんのお代わりと共に追加のフルーツを用意してくれるシャルマさんはマジ最高のメイドさんじゃないかと思う。
わほーいと喜ぶ感情に反し、しかし一抹の不安が一瞬、私の動きをピタリと止めた。
………………フルーツなら多分、まだ大丈夫だよね?
そう自分に言い聞かせ。
お腹のことは今だけ、気にしないことにした。
真横で美味しそうに食べ続ける友人がいて。
――あなたは我慢が出来ますか?




