メリーにおまかせ☆
部屋の中から声が聞こえる。苦渋に満ちた男の声が。
――申し訳ありませんメリー様、と。
メリーは無事に、役目を果たすことが出来そうだった。
いやね。
フェルたちに戦闘の補助、頼んだじゃん? でもあれ、勘違いだったじゃん?
ふつーに気まずいよね。
でね、実際には待機しかしてなかったあれだけの命令でも、「私からの命令」ってだけで羨んじゃう子達がいるんだよね。
前々から「私たちにも頼るべきだわ」って猛アピールされてたんだけど、ほら。勝手に動き回る謎の生き物は許されても、勝手に動き回るぬいぐるみは許されないって風潮あるじゃん? だからあんまり呼ぶ機会なかったんだよね。
でも今回は適役っぽかったので呼んでみました。
過去に調教を施した実績のあるメリーなら、傲慢で性根の腐った最低の男でもキチンと矯正できると期待して、呼んでみました。
適材適所っていい言葉だよね。
(じゃ、あとよろしくね)
(任せてちょうだいご主人様。人に対する礼儀というものを叩き込んでみせるわ)
ここに呼ぶまでの間に既にあらかたの事情は説明してある。
二度とネムちゃんに首輪をつけるなんて発想が浮かばないよう教育し直して欲しい。そのための手段は問わない、と。
嬉々として快諾したメリーがやりすぎないかちょっと心配だけど、相手が相手だし。多少のやり過ぎは問題にならないだろう。
それに念の為フェルも置いてきたから、調子に乗って油断したメリーが逆に暴行を受けるような事態も未然に防げるはず。
完璧な布陣だね。
これで今までの行いを反省して、ネムちゃんをまともに扱ってくれるようになるといいんだけど……。
「ネムちゃんは、あの人が師匠で不満はないの?」
「んむー?」
問われたネムちゃんはスプーンを咥えたままモゴモゴとしている。
手元にはプリン。
ちなみに、二個目だ。私がアイテムボックスに隠し持っている非常用のおやつのひとつだ。
一個目はもちろん私も一緒に美味しく頂きました。
ネムちゃんは口に入っていたプリンをお行儀良くもぐもぐごっくんこすると、満面の笑みで答えた。
「先生ね、いろいろ教えてくれるから好き!」
やめよう。その歳でその発言は色々と危うい。
ネムちゃんにそんな意図はないと分かっていても、あのロリコンを許せなくなりそうだ。
「そっかー」
ネムちゃんが慕ってさえいなければ、いくらでもやりようはあるんだけどなあ……。
ま、仕方ないか。
やっぱりあのおっさんは人畜無害な人物に矯正する方針でいこう。今までの感じだと、結構ヤバめな魔法とか使えるっぽいしね。
(メリー、今どんな感じ?)
(今は淑女に対する礼儀を教えこんでいるところよ。呆れたことにこの男、ネフィリムを自分の所有物か何かと勘違いしているみたい。常識から叩き治す必要がありそうよ)
(あっはっはー。徹底的によろしく)
(もちろんよ)
メリーからの報告を聞いて、私は自分の判断を褒めたくなったね。
あのまま部屋にいたら我慢できてねーわ。
「ソフィアー、おかわりー」
こんなにかわいいネムちゃんを所有物扱いとか。
ほんっと救いようがない。信じらんない。
なんなら私が一生保護したいくらいだっての。
「またー? もうダメだよ」
「えー!」
えーて、ネムちゃんよ。そのプリンだって一応私の秘蔵というか、気分が落ち込んだ時に食べる用のかなりいいやつなんだからね。そんなパクパク食べられたらたまらないんだよ?
「美味しいからもっと食べたいのに!」
「あはは、ありがと」
あー、もー、かわいい。
このおねだり上手さんめ。褒め上手さんめ。
できることなら求められるままにいくらでもお菓子をあげたいくらいなんだけど、でも私が非常用に隠し持ってるお菓子って、市販の安いやつじゃなくて自作の特別製のやつなのよね。
手間ひまかけて集めた良い材料を惜しまずに使っているから味が特別美味しいのはもちろんなんだけど、その代償にカロリーも特別製な、いわゆるご褒美用なんだよね。
一度に何個も食べる用じゃないから美味しいからってパクパク食べてたら地獄を見るよ。お腹に段ができる絶望なんて二度とごめんだ。
――なのでっ!!
「まあ、プリンは多分ないだろうけど」
私はこの場所を目指したのだ。
美味しいお菓子に美味しいお茶。
乙女の願望を叶えつつも、机に飾られた花や紅茶の香りによって巧みに食欲をコントロールし、フルーツや野菜を使ったお菓子でヘルシーながらも満足感まで得られる最高のひとときを提供してくれる匠の仕事。
私が尊敬するお菓子のプロフェッショナル、シャルマさんのいるヘレナ研究室を目的地に設定したのだ。
「この部屋に入ればお菓子が貰えます」
「ホント!?」
目を輝かせたネムちゃんに、私は大きく頷いた。
うむうむ。本当だとも。
ソフィアさん嘘つかない。
私達は足取り軽く、その扉を叩く。
さーって、今日のおやつはなんだろな〜♪
お菓子をあげる→美味しそうに食べてるのを見て自分も食べたくなる→理性のストッパーが壊れる
二個目を求められた時に違う種類のお菓子を出さなかったのは、ソフィアにできる精一杯の抵抗だったのかもしれない……。




