しつけ
私は、約束はできる限り守るようにしている。
裏切られる痛みを知っているからだ。
「やーーーあーーーだーーー!!!」
約束が守られないと、悲しい。
軽い口約束だろうと、その場しのぎの嘘だろうと関係ない。
約束を破る者が悪いと糾弾したい訳でも無い。
「言ったーーー!! 魔王やるって言ったのーーー!!!」
ただ私が、約束は破りたくないと。
相手と交わした「約束」を大事にしたいと、そう願うから。そうしたいから。
だから、私は約束を守る。
「言った言った言った言った言ったああぁぁぁああーーーー!!!!」
それだけの話だ。
――でも勘違いは別っていうかさ?
たまにいるじゃん?
面倒事を無理やり押し付けて、こちらが返事をする前に「じゃ、あとよろしくね!」とか言ってどっか行っちゃうよーな人。有無を言わさずってやつ?
私あれは約束じゃないと思うんだよね。
約束ってのはもっとこう、お互いが納得の上で交わした尊いものというか、お互いを思い遣る気持ちの結実? みたいなものだと思うわけ。
だから約束ってのは「あー、やだなー。でも約束しちゃったしなー」なんて嫌々なにかを強制されるようなものじゃなくて、「あの約束楽しみだなー、待ち遠しいなー」って幸せになるようなものであるべきだと思うわけ。
だからね。
「まーおーぉー! 一緒に魔王やーるーのー!!」
「やりません」
「やーーるーーのーー!!!」
どれだけ駄々をこねられたって、やらないものはやらないよ?
「……うるさいから、とりあえず頷いておけ」
両耳を抑えたおっさんも無責任なことを言ってくるけど、当然はっきりと断っておく。
「嫌です」
その気もないのに頷くわけないでしょ、バカなの?
責任を取るの私なのにそんなことするわけないでしょバカなの? ねえバカなんでしょ? もう賢者なんて称号捨ててしまえ。
バカだから平気でネムちゃんを首輪で繋いだりできるんでしょ人をなんだと思ってるんだこのバカ。てめぇを首輪で繋いでやろうか。
やっぱりこのおっさん嫌いだわ。
ネムちゃんの声がうるさいことには同意するけど、迂闊な返事をした私にだって責任の一端はある。
ネムちゃんの訴えには正当性があるんだ。
初めはきちんと要望し、(勘違いとはいえ)了承され、しかしすぐに決定を覆された。ネムちゃんが怒るのは当然だ。
その不満を伝える方法は正しいものではなかったかもしれないけど、でも。
「うーーーー!!!!」
「勘違いさせてごめんね。でも、私は魔王をやる気はないんだ」
この怒りを受け止めるのは、私の役目だ。
「うーー……。むーー……。んううぅぅぅっーーッ!」
「あー、よしよし。ごめんねー。勘違いさせちゃって本当にごめんねー」
涙目で唸り続けるネムちゃんの頭を抱いて、落ち着かせるようになでなでなでなで。
しばらく撫で続けていればやがてネムちゃんの荒かった呼吸も収まり、強ばっていた身体からも力が抜けてきた。少しは落ち着いたかな?
その後も根気よく謝罪となでなでを続けて、なんとか許してもらうことに成功した。
「むぅー……。ソフィアと魔王したかったのに……」
うん、ごめんね。
なんでネムちゃんがそんなに私を魔王にしたがってるのか分かんないけど、実は私、明日聖女になる予定が入ってるんだ。
聖女兼魔王とかなんかもう、字面からして酷いでしょ。てか魔王二人とかいらないでしょ。だから諦めてね?
「ごめんねー。そうだ、お詫びに今度、一緒にお菓子でも作ろうか」
「おかし……」
怒りが収まったところで思考をそらす。
私の必勝パターンなんだけど、思ったよりも食い付きが悪く、ネムちゃんはまだ不満そうな顔をしていた。
でもいいや。押し通しちゃお。
「そ、お菓子。何が作りたい? クッキーとか、ケーキとか。あ、プリンでもいいよ」
「プリン……!?」
お、いい感触。
そーいやネムちゃん、プリン気に入ってたもんね。
なら当日はスペシャルなプリン作ろうかと画策していたところで、不快な雑音が聞こえてきた。
「なるほど、餌は最後に差し出すのか。本来ならば問題が再燃しかねない冷静になった直後のタイミングで優先度の高い興味対象を引き合いに出し、意識を現在から未来へと誘導させることで問題そのものの存在を一時的に意識から外すとは。いや実に見事なものだ。今後参考にさせてもらうとしよう」
なんかよくわからんけど、ムカつくこと言ってるのだけはわかった。
最悪私の言葉をどんな風に解釈しようとそちらさんの勝手だけど、わざわざ「餌」なんて言葉、悪意がなきゃ普通使わないでしょ。
やっぱこの人、ダメだな。
「ネムちゃん。外出ようか」
「う?」
バカにされたことを理解してないネムちゃんを連れて、部屋の外に出た。
理由は二つ。
一つは、中にいると私の気分が悪くなって、これ以上ムカついたら我慢できる自信がなかったから。
そしてもう一つの理由が。
(「なっ!? なぜ貴様がここにいる!?」)
(「あら、ご挨拶ね」)
メリーに再教育を頼むためだ。
プリンはおいしい。プリンはとてもおいしい。
だからプリンのことを考えただけで、とてもしあわせな気分になるのです。




