賢者の罠
以心伝心ってすごい。
もしかしたら私とお兄様は、魂の深い場所で繋がっているのかもしれない。
言葉に出さなくても考えてることが伝わるなんて、それってもう夫婦みたいなもんだよね!
「るんたらたーん♪」
うきうき気分でネムちゃんの呼び出し先へ再訪問。
ここは私のことをあまりよく思っていない人がいるので訪問するのに少し勇気がいるのだけれど、お兄様のおかげでそんな陰鬱な気分も吹き飛んでる。
やっぱりお兄様は最高だぜ〜っ! っとどこかのアニメで見たセリフを脳内で再生しながら歩いた結果、目的地にはすぐに着いた。
でもさすがにこのノリのまま突入する訳には、ね。
胸に手を置いて、深呼吸を一回。
数秒程度のこれだけの動作でふわふわしていた脳が即座に切り替わり、いつもの冷静な私に戻れるんだから、我ながら便利なものだと思う。
初めは自己暗示のつもりでやっていたこの動作もいつからか魔法として発動していたらしく、その効果の程は、気分爽快な一日が今から始まったかと錯覚できるほどに明瞭になったこの頭脳が何よりも証明してくれていた。
お兄様とのイチャラブした夢を見た朝くらいには気分がいいゾ☆
……まあ、今日気分がいいのは現実のお兄様とお昼にデートしたおかげなんですがね! ふふーん!
「失礼します」
ま、今はそんなことはいいんだ。
さっさとネムちゃんの用事を聞いて、遊んで、時間があまったらヘレナさんのとこでおやつでも食べるという完璧な計画が、私を待っているんだからね。
朝の約束通り、一声かけてから改めて室内へ足を踏み入れると、そこには朝とは大分違った光景があった。
……光ってる。
ひと目でわかる異常性。
「来たか」
朝来た時と変わらず、奥の机で本を読むアドラスさんの横。その、少し見通しの悪い地面あたりから光が零れている。
なんだろう? と軽い気持ちで覗き込んで、絶句した。
淡く光る魔法陣。
その上で首に鉄の枷を嵌められ、力無く横たわっているのは。
「ネムちゃん!?」
見間違えるわけも無い。私を呼び出した張本人であるはずのネムちゃんだった。
状況を認識したと同時に、私はすぐさま動き出す。
身体強化のレベルを一気に引き上げ、それと並行してフェルとエッテにも臨戦態勢に入るよう呼びかけをして。
魔力を増幅、拡散、浸透、同化。
部屋中の物質、非物質を問わず全ての情報を収集。驚異となりうる魔法や魔道具、罠の類を警戒。ただし魔力の質はフラットに。魔力の流れには逆らわず、しかし魔法が発現する直前には確実に妨害できる状態を維持する。
驚いて隙だらけな様を装いつつも、瞬時にこれだけの状況は整えた。迎え撃つ体制は整えた。
明らかな私への罠。
あるいはかつて恥をかかされたメリーの主人たる私への報復だろうか。
メリーの件はちょっと悪かったなと思わないでもないけど、それでもメリーを略取した事実や、なによりこの状況。
ネムちゃんを危険に晒したこの男を、私は許せそうにない。
魔物以外とまともに戦ったことはないけれど、それでも想定だけはしてきたんだ。
初めて魔物と戦ったあの時から、あらゆる最悪を想定して訓練だけは弛まずに続けてきた。知恵ある相手への対処が求められるのも、想定内ではあるんだ。
恐慌を与えてくる相手。
群れで襲ってくる相手。
人質を取ってくる相手。
そして当然、人間相手だって。
殺す覚悟まではまだできない。
けれど、知覚までも強化したこの状態なら、たとえ賢者と呼ばれるような強者が相手だろうと不覚は取らない!!
さあ、攻めてこい! 私を狙ったその時が、貴様の最期だァ!!
殺す気ないのに最期とは。
必殺技(ただし必ず殺すとは言っていない)の決めゼリフかな?




