好奇心の獣たち
昼休み。
我が特別クラスから、とある一団が出立した。
ほとんどが女子で構成され、楽しげな声を上げながら廊下を行くその集団の中。たった一人だけ浮かない顔をしている男子がいた。
彼の事情を知らないものがその姿を見たならば、きっとこう思うことだろう。
――あれだけの女の子に囲まれていて、あの男子はなぜ不満そうな顔をしているんだ、と。
すれ違った男の子の表情からそんな雰囲気を感じ取りつつ、隣を歩くカイルに声を掛けた。
「本当にカイルも行くの?」
憂鬱そうな顔に、緩慢とした動き。
明らかに気が乗らないという意思を全身で表現しているカイルは、嫌そうにしながらもここまでずっと着いてきていた。
「行く。お前らだけで行かせる方が怖ぇから」
全くなんて言い草だろう。
私たちはただ、朝少し話題に上がったエロイナさんとお話しに行くだけなのにね。
気楽に構える私たちとは違って、カイルからは「これから死地にでも向かうんじゃないか」と思えるような気迫が感じられた。
死地は大袈裟にしても、カイルがこんなに恐れるエロイナさんとは一体どんな人物なのかという謎は尽きない。
そもそも、本来あまり他人には興味のない私がエロイナさんを見に行くというこの一行に参加することにしたのだって、普段から私に弄られ慣れてるはずのカイルがあんまりにも面白い反応を示すものだから、その原因と作ったという人物に興味が出てきてしまったというだけの話だ。
つまり、私が行くのはカイルのせいである。
もっと言えば、この集団が発生したのだって元を辿ればカイルがエロイナさんと不埒な行いをした事が原因なわけだし、現状を招いたのは過去のカイルの軽率な行いのせい、つまりはカイルの自業自得でしかないとも言える。
なので私らは何も悪くなーい。
おしゃべり好きな女の子が目の前に転がってきた面白そうな話題を見つけて飛びつく。そんな当たり前の行動を予測できない方が悪いのでーす。
やー、怖いねー。人の好奇心って怖いよねー。
私みたいな清廉潔白かつ、超! 清純な女の子だってつい我慢できずに事の真相を知りたくなっちゃうくらいなんだから、好奇心というやつは恐ろしい。
そんな好奇心を強く刺激する「性」に関する話題を女の子の耳に入れちゃうなんて、全くもっていけないね。
まあ? いくら私が清らかなる清純乙女とはいえ、乙女である前に一人の女の子であることに変わりはない訳ですから?
みんなに強く勧められて仕方なく〜なんてポーズはとっていますけど、内心では「せっかく着いていくんだから、色々と有益な情報を期待しちゃうよね!」なんて、ちょっとワクワクしちゃうのも当然のことなんですよ。自然な感情なんです、ええ。
だからね、私自身が表立って、はしたなくもエロイナさんを質問責めにするなんて気はさらさら無いけど、みんなが辛抱たまらず「カイルとはどんなことをしたんですか!?」とか「恋愛のテクを御教授下さい!」とか言い出したりしちゃった時には、それを邪魔するなんて野暮なことをするつもりはないんですよ。
その時には、空気を読んで、大人しく。話が終わるのを待つ所存ですよ。ほら私、お淑やかな乙女なんで。
私は別に、エロイナさんがどんな人か見られればそれだけでいいんだけどねー。
わざわざ話を聞きに行った集団の中の一人が、語り部の目の前で耳を塞ぐなんて失礼な真似はできないでしょう?
そしたらほら。言葉が勝手に耳から入ってきちゃうのも当然というか、ねえ。聞く気はないのに偶然聞こえてきちゃうなんて、それはもう不幸な事故みたいなもんだよねえ。
はー。怖いなー。
カイルが必死になって隠してる話が偶然耳に入っちゃったらどうしようかなー。困るなー。
でも私がその話を聞きたーいってせがむ訳でもないしー。たまたま話の聞こえる位置にいちゃうだけだしー。
それに「人の口にとは立てられない」って言葉もある。
どうせクラスに戻ってからある程度話が広まることを考えると、もしこの集まりに私が参加していなかったとしても、結局は私の耳に入ることが確定してるわけで。ならもう早いか遅いかの違いしかないわけで。
あー心配。口の軽そうな人に秘密を握られちゃったカイルくんが不憫で不憫で、なんだか口元が勝手につり上がっちゃいそうだわーうふふふふ。
弾む足取りに期待を乗せて。
私たちはエロイナさんのいるだろう普通クラスを目指して歩みを進める。
女の子たちの顔はみんな、明るかった。
男の子の顔色?
女の子みーんなが笑顔ならそんなのどうだってよくない?




