呼び出しのルールは守って!
ネムちゃんからの手紙。
そこに書かれていたのは、予想外というべきか、逆に予想通りというべきか。
とにかく何をしでかすか想像もつかないネムちゃんからの手紙、という期待を一切裏切らない内容だった。
でかでかと書かれた『↓ここにきて!』の文字。
矢印が指し示す先には紙の端までめいっぱいに使ってのびのびと描かれた、手書きの……地図? うん、たぶん地図。地図が描かれていた。
地図が下手すぎて読めないという点も含めて、ある意味完璧な作品だった。
「さすがはネムちゃん……」
大きさの違う長方形がふたつ並んでて、その片方に「←ここ!」って書いてあるだけの絵を見てこれが地図であると判読した自分を褒めてあげたいね。
四角がふたつ並んでいることで辛うじて別の建物を示していることが分かったから、多分ネムちゃんの師匠であるアドラスとかいうおじさんの研究室なんだろうなーと推察ができたけど、これ他の人がみても絶対わからないでしょ。っていうか私も正直自信ない。
別の建物にあって私とネムちゃんに関係しそうな場所なんてそこくらいしか思いつかなかっただけだ。
……魔法の実習に使う建物は横に平べったいから、縦に長いこれは研究室のある棟で合ってるはず。……合ってると思う。合ってて欲しい。
合ってることを祈ろう。
大丈夫。もしも違ったとしても、目的地にはこの地図を描いた本人の数少ない理解者がいるんだ。この暗号を解読してもらえば問題ない。
あのネムちゃんの師匠をやれてるくらいなんだから、最低でも思考パターンか行動範囲くらいは把握してるでしょきっと。
「……これは地図なの?」
「みたいだね」
念の為にと一緒に地図の解読をお願いしていたミュラーからも、信じられないという評価を頂いた。
やったねネムちゃん。キミの絵はミュラーにも驚きと感動を与えたみたいだよ。地図としての役目を果たしていないのは、きっとネムちゃん画伯にとっては些細な問題だったんだね。
まあネムちゃんのすることだから、このくらいは許容範囲だ。
「これじゃあ指定されたのがどこか分からないじゃない」
「いや、それは大丈夫。見当はついてるから」
「この地図でわかるの!?」
わかるっていうか、多分だけどね。
だからそんな、変な人を見る目で見ないでね。この凄まじい地図を完全に読み解いたとかじゃないんで。
これ以上に意味不明なラクガキが描かれてたとしても、行き先は多分変わらなかったし。
「……なんだか、素敵だね」
とか考えてたら、カレンちゃんが変なことを言い出した。
素敵要素なんてどこかにあった?
「仲良しのお友達にしか伝わらない地図……。そういうの、憧れちゃうな……」
ごめんなさいカレンちゃん。
夢を壊すようで申し訳ないけど、実はあんまり伝わってないんだ。
ネムちゃんの思考を完全にトレースできる人を探すなら、仲良しよりもちっちゃい子の方が適任じゃないかと思う。私には荷が重いよ。
もちろんそんな事をわざわざ言うつもりはないので、意味深に微笑むに留めて、代わりにずっと気になってたことを聞くことにした。
「ところで、カレンはこの手紙をいつ預かったの?」
ネムちゃんの伝えたいことが「ここにきて!」なのはわかった。
でもさ。
これ、「いつ」行けばいいのか、どこにも書いてないんだよね。
いつでもいいのかな?
「あっ、えと、昨日の朝、ネフィリムさんがね。ソフィアを探していたんだけど……」
昨日サボってたからね。
なんだかいつもと様子の違うネムちゃんを心配して声を掛けたら、「どうしてもソフィアに会わなくちゃいけないの!」とのことで、授業が始まっても姿を表さない私の所在を聞くために、わざわざお兄様のところまで一緒に着いていってあげたらしい。さすがはカレンちゃん、やっさしー。
で、私のサボりは私にも予定外の事態だったからね。
お兄様は「今は家にいない。いつ帰るかは分からない」と答えたそうだ。
お兄様の返事に落ち込むネムちゃん。そのあまりの落ち込みっぷりを見かねたカレンちゃんは「手紙を書いたらどうか」と勧めたと。
その提案を受けて早速手紙を書いたネムちゃんは、書き上げた手紙をカレンちゃんに託すと、迎えに来た【探究】の賢者様に連れられて早退していったらしい。
まさかの保護者の正体に、クラスは一時騒然と――ってその下りは興味ないからいいや。それより。
「その手紙、お兄様に渡せば良かったんじゃない?」
「え、と。……私が、頼まれたから……?」
律儀だね。
で、それもそれでいいんだけどさ。
「結局これ、いつ行けばいいんだと思う?」
これ、と問題の手紙を指さしてみた。当然そこに時間の指定はない。
問われた二人は、お互いに顔を見合わせると。
「「さあ……?」」
ってハモってた。かわいいねー。
……現実逃避はやめよう。
ネムちゃんや。
頼むからこういったものにはキチンと、目的と、目的地と、それから指定の日時を明確に記載して欲しい。
マジでいつ行けばいいのコレ??
道すら一切描き込まれていない斬新すぎる地図。
これを読み解けるなんて……愛だね!




