私の知らないカイル
恋バナは好きです。
恋バナのネタになるのはご勘弁願いたいけど、私とて一人の乙女。恋バナ自体は好きなんです。
恋バナついでにカイルを貶せるなんてもう最高だね。
「――昔っからそうなの! カイルって自分勝手というか気まぐれというか、変に気を持たせるような事するくせに全然自覚なかったりして! 女心を弄ぶ悪いヤツなんだから!」
カイルのこと考えてたんでしょー! と囃し立てるのなら、よろしい。それほどお望みとあらば語ってあげようではないか。
私がどれほどカイルのことを考えているのか。
カイルの風聞を気にしてあえて黙していた事実の数々をぶちまければ、意外とみんなノリノリで話を聞いてくれた。
私も知らなかったカイルの一面も知れたりして、結構楽しい。
「……そうなの? あまりそんな印象はないのだけど……」
「いや、あたしはソフィアの言ってること分かるよ! ……実はあたし、前にさ。カイルくんに突然髪の匂いを嗅がれたことがあって」
「髪の匂いを!?」
「ええぇぇ!?」
「あはは。あたしもカイルくん、いいかなーと思ってたから、すっごくドキドキしたんだけどね。いい匂いだな、って笑いかけてくれたし。もしかしてあたしに気があるのかな、とかさ」
「そ、それで?」
「その後はどうなりましたの?」
「いや、それだけなんだよね」
「……え?」
「それで終わり。その後も、次の日になってもなーんにもないの。こっちはずっとドキドキしてたのにさ」
「それは……どういう?」
「高度な駆け引きでしょうか?」
「カイルのことだもん。ふと感じた匂いの元を辿っただけとか、どうせそんな理由でしょ」
「まさかそんなわけ……」
「あははは! ソフィアちゃん正解! 我慢できずに聞きに行ったら、ソフィアちゃんが言った通りのこと言ってたよ! ちょっと気になっただけだから気にすんなよってさ!」
「……そんなことが、あるのですか?」
「女の命である髪の匂いを嗅いでおきながら?」
「カイルだからね」
「ねー。あたしもカイルくんはもっとデリカシーのある人だと思ってたからびっくりしたよー」
分かる。
カイルって見た目だけなら、安心感があるというか、紳士的っぽい顔してるんだよね。実際はかなり雑な性格なのに。
あの性格でそこそこ優しくもあるもんだから、勘違いしちゃった被害者の女の子も多いんだろうなーとなんとなくは思ってたけど案の定だ。
この機会に「カイルは女の敵である」という共通認識でも作っておこうか。
あれで案外律儀だから、女子全員から非難されたら態度を改めることもあるかもしれない。
「あ、カイルと言えばさー」
カイルを陥れる計画を練っていたら、また新しいカイルネタが投下されるようだ。
ふふふ。
一時はどうなることかと思ったけど、カイルの悪口を話すだけで新たな弱みが集まるなんて思いもしなかった。ここで集めた話を使えば、今度こそカイルを服従させることが可能になるかもしれない。
ああ、今度はどんな話なんだろうか。わくわくするぅ〜。
「カイルって結構キス上手いらしいよ」
……え、えっちな話はちょっと。
だが突然の話の振りに困っている私とは違い、周りの反応は正に水を得た魚。餌を投げ込まれた金魚。
女子のえっちな話に対する食いつき方って、男子のとはまた違った怖さがあると思う。
「ほほう! 詳しく!」
「上手いと言うのはどなたと比べてかしら? 失礼ながらカイルさんは、それほど経験はないのではなくて?」
「そうそう。その手の情報は誰からの情報かが大事だからねっ!」
私、自分のことを「淑女として適格」だなんて思ったことないけど。
それでも今だけは、この子らよりは淑女然としてるんじゃないかと思うよ。
だって、そんな、誰のキスが上手いか……なんてさぁ。
それもう、複数人とキスするの前提じゃん。
私の感覚からしたら、それって痴女やビッチのすることですよ。
ふんだ、どーせ彼氏なんていたことないもんね。
異性とキスなんて、そんな……そんなの…………。
「いやいや、これは確かな筋の情報よ。なんたって初年度で妊娠退学という伝説を残したエリザの弟子、エロイナの体験談なんだから」
「え、エリザの弟子……!?」
「エロイナの体験談……ッ!?」
どうしよう、名前にすごくツッコミたい。
名前のインパクトが強すぎて何考えてたか忘れちゃったよ!
「待って! それってつまり……カイルくんってば、かなりのテクニシャンってこと!?」
「そうなるわね!」
「ひゃ〜。……逃がさないよ!」
がしぃっ! と腕を掴まれてしまった。
くっ、このタイミングなら逃れられると思ったのに!!
「ねぇ、この話やめない?」
僅かな期待を込めて聞いてみるも、返答は決まりきっていた。
「なんで?」
「これからが楽しくなるのよ?」
「で、実際どうなの? カイル、上手かった?」
待って待って、なんで私に聞くの?
私とカイルは本当にそんな関係じゃないんですってば信じて!
ソフィアの言葉を信じるものは誰もいない。
だってそっちの方が面白いから!




