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無価値な涙


「カイルの裏切り者ォ!!」


 右肩。右手。左腕。腰。

 周囲から伸びてきた手が、身体中を拘束する。


 がっちりと掴まれてまるで抗えないまま、どこかへ連れ去ろうとする力に為す術なく屈した。


 行き先が悪魔の住まう地獄だと言われても、私は疑わなかったかもしれない。


 こんな絶望的な気分に陥る現況を作った存在が、連行される私の姿を見て、楽しそうに笑っていた。


「ソフィアさあ、前に『嫌な事は先に片付けるタイプ』だって言ってたじゃん。今がその時だろ?」


 うるせー黙れ裏切り者がー! そーゆーのは気分で変わるんだよ!


 今だったらむしろ「嫌な事は、それが嫌じゃない人に任せるタイプ」って感じだったし完全にそのつもりだったわ! のへへん〜として気楽に構えてたカイルがあれだけ嫌がってた私をみんなに差し出すなんて想定外もいいとこなんだよ!!


「まあまあソフィア。ほら落ち着いて」


「カイルと離れるのが寂しいの?」


「それで、本当にカイルさんと? 遂に? どこまでやってしまいましたの?」


「さあっ、きりきりと歩けー。これから楽しい楽しいおしゃべりの時間だよー」


 嫌だ! 嫌だあぁぁ!!


 おしゃべりとか嘘だ! 絶対嘘だっ!

 どうせまたおしゃべりと称して好き勝手にあれこれ邪推して、私の言葉なんか無視して勝手に盛り上がるつもりなんでしょう! 私の反応を肴にして、ないことないこと捏造するつもりなんでしょう!? その集まりに私いらないと思うんですよォオオ!!


「やだぁ。やぁだぁー。はなしてぇぇ」


 ああ、可哀想な私。

 やだやだと子供のような駄々をこねてたら、なんだか本当に涙が滲んできた。


 よし、感情を昂らせてもっと涙を流そう。


 おふざけには全力かもしれないけど、みんなが本当は優しい人たちだって、私は知っているから。


 見た目が幼く可憐な私が弱々しく泣いていたら、流石に良心の呵責に耐え切れなくなって解放してくれるだろう。


 そうと決まれば早速、悲しい事を思い浮かべて……夜食用に取っておいたプリンをお父様に食べられた時の事は、悲しみよりも怒りが強いな。


 そうだ、あれにしよう。

 お菓子の食べ過ぎでちょっとふくよかになっちゃったから断腸の思いで泣く泣く一週間の糖質制限を決行したのに、大して体重に変化がなかったあの時の事を思い出そう。


 あれは悲しい事件だった……。

 ああ、なんと可哀想な私。ほろり。


 当時の悲しみをありありと思い出すことで目論(もくろ)み通りに涙を零すことに成功した私は、悲しみに潤んだ瞳で再度「はなして……」と懇願した。


 泣く子は最強だからね。


 これでもまだ私を連行しようとする鬼畜はさすがに居ないだろうと、涙に濡れた瞳でそっと、みんなの反応を(うかが)ってみた。


 効果の程は一目で分かった。


「あら諦めが悪い」


「男子相手ならまだしも、女子相手に嘘泣きは通用しないよ?」


「ソフィアって割とそういう手段を使うのよね……」


「ソフィアが姑息な手段を使うようになったら仲良くなれた証だってカイルくんが言ってた」


 カイル! またしてもカイルか!

 アイツはほんっとーーーにろくなことをしない!!!


 泣くのだって楽じゃないんだよ!? てか嘘泣きバレるのとかちょー恥ずかしいし!


 無駄に流された涙に謝れ!

 そして詫びとして、またフェアリーズエデン級のお菓子でも持ってこいやぁ!!


「ほらほら、そんな不機嫌な顔しないでー。笑おう? 大好きなカイルくんのことを考えて、笑顔になろ?」


 カイルへの怒りで我を忘れた私のほっぺたに、ツンと指先が押し当てられた。そのまま、ぐいーっと口角を上げられる。


 むにむにとほっぺたを弄ばれると、それだけでなんだか気が抜けてくる。ムカムカしていた気分が少し和らいだ。


「大好きじゃないので」


 でも否定すべきところはきちんと否定させてもらう。


 カイルのことを考えて笑顔に? むしろそのカイルのせいで不機嫌なんですけど?


「案外カイルのことで不機嫌なんじゃない? さっきも少し揉めていたみたいだし。愛情の裏返しってやつよ」


「なるほど!」


 なるほどじゃないが。全然なるほどじゃないです。


「愛情なんかないので」


 いやもうほんと。

 たまーにカッコイイと勘違いしちゃう言動するけど、あれ全部気のせいだから。


 うっかりときめいたりなんかしたらその直後に絶望に叩き落とされるんだから溜まったもんじゃないよ。忘れた頃にやってくるのが余計にタチが悪い。常に悪人であれば容赦なく成敗してやるのに。


「カイルのことを考えていたのは否定しないのね?」


「そんなの――」


 ――あ、やばい。


 何も考えずに「そんなの当然」って答えそうになってた。


 不満があるんだからカイルのことを考えるのは当然なんだけど、この流れでその返答はまずい。

 まずいといえば言葉に詰まった時点でまずいんだけど。


 恐る恐る周りを見れば、予想通り。したり顔で、嬉しそうにニヤついていた。


「……違うよ?」


 違うんですよ?


「へーえ」


「ふふふー」


 ああ……失敗した。


×失敗した

〇失敗しかしてない

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