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鬼ごっこ


 カイルとのおかしな噂を流されるのを阻止する為、逃げ出したクラスメイトの女の子を追いかける私。


 そんな理由で、朝っぱらから元気な鬼ごっこが勃発していた。



 現在地、教室までの中間地点。

 ここまでに詰められた距離、約半分。


 本来ならラストスパートをかけて一気に勝負を決めたいところだけど、私のスピードは上がるどころか、逆にかなり失速していた。


「お。おはよー、ソフィアちゃん」


「おはようございます、ヘルフリートさん」


 その理由がこれ。

 お兄様のクラスメイトに対応するタイムロスである。


 校舎に入るまでの直線ではかなり近くまで迫れたものの、中に入ってからは一向に距離が縮められない。どころか徐々に離されつつある危機的な状況。


 外でなら日課で慣れていることもあり何も気にせずに走ることも出来たが、ここは多くの人が行き交う廊下であり、十分なスペースがあるとはいえ走れば(ほこり)が立つ室内なのだ。


 貴族の淑女としての自覚がある私としては、彼女のように、人の間を慌ただしく走り抜けるような真似はできなかった。


 ……いや、できる方がおかしいと思うんだよね。

 あの子家に帰ってから怒られるんじゃないかな。さっき先生とも挨拶したし。


 実際私だって、淑女の嗜みとカイルとの噂だけを天秤に掛けられるなら、迷いなく走り続けることを選んださ。


 でも淑女らしくというのはお母様からの半ば命令だからね。

 もしも私のはしたない姿がお母様の耳に入ったらと考えるだけで家に帰るのがちょっぴり億劫になるし、ましてやお兄様の耳に「お前の妹、さっき廊下走ってるの見たぞ。あんなお転婆な妹を持ってお前も可哀想にな」なんて話が吹き込まれる可能性まで考えたら、級友とのお遊びのような鬼ごっこなんて諦めざるを得なかった。


 カイルと恋仲だと噂される危険性よりも、お兄様の自慢の妹であることを、私は選ぶ。


 カイルとの噂だって、お兄様の信頼さえあればちゃんと話して誤解だって認めてもらえるだろうしね。


 お兄様以外にはいくら誤解されようが構わない。というかむしろ誤解されていた方が、観光気分の告白や婚約の申し込みがが減って助かるくらいかもしれない。

 まあこの件は明日、聖女になれば勝手に解決するんだけど。


 噂になって困るのは、恋愛に飢えてる女の子たちだ。


 カイルってあれでそこそこモテるし、カイル狙いの女の子たちが噂の真実を探るために私の元に集まる未来が容易に想像できる。


 否定しても信じてもらえず、クラスメイトにはからかわれ、深まる疑惑に広がる尾ヒレ。


 今度は何日耐えれば噂が収まるのか……。


 考えただけで憂鬱になりそうだった。


「はああぁ……」


 近くに人がいないことを確認して重い溜息を吐いてみても、気が紛れることもない。


 受け入れ難い現実から自然と足が遅くなりながら、のそのそと教室への移動を開始したところで、やっとカイルが追い付いてきた。


「あれ、ソフィア一人か? さっきの子はどうしたんだ、捕まえたのか?」


「……いや、追い付けなかった」


 カイルの言葉に、首を横に振って否定を示す。


 そうだ。追い付けない道を、私が選んだ。


 それは事実なんだけど、もうちょっとその事実を受け入れる為の時間が欲しい。


 天秤の片側にお兄様が乗ってる以上この選択に後悔なんてあるわけないんだけど、選択に伴う覚悟まではちょっと。まだちょっと腹が決まらないというか。できれば回避したいのには違いないわけで。


「あれ、そうなのか。お前めっちゃ速かったのにな」


 彼女も大分速かったからね。


 なおその瞬足で見事に私から逃げおおせた子兎ちゃんが既に教室に到着していることは探知魔法によりとっくに確認済みである。


 到着後の集音の魔法による聞き耳は立てていない。聞いたら早退したくなりそうなので。今でも選択肢に浮かぶ程度には早退したくなってるけど。


「まあこうなった以上しかたないんじゃね? さっさと行こうぜ」


「……うん」


 ……カイルは気楽でいいなあ。


 こういう時の男子って、一応話題にしてからかいはするけど、長くは続かないんだよね。すぐ飽きて別のことし始めるんだよ。身体使った遊びとか。一方女子ときたら……はあ。


 こんな時ばかりは単細胞な男子が羨ましい。


「……? 行かないのか?」


「行くってばー……」


 急かすなよぅ。

 まさかこんなことでサボるわけにもいかないし、ちゃんと行くけどさ。でも足が重くなる気持ちも分かって欲しい。


 うう、デリカシーのないやつめ。

 せっかちな男は嫌われるんだぞ……と言いたいところだけど、何故かカイルって友達多いんだよね。


 人気者のカイルなんて私の知ってるカイルと違う。カイルなんてもっと嫌われてしまえ。


 だって私の知ってるカイルってもっと考えなしで、乱暴で、やたらと強引だし、女の子にも容赦なくって……。



 そうしてカイルの(あら)を探すことで現実から目を逸らし、私は目的地で待ち受ける困難を意識から外して、ただ機械的に足を動かし続けた。


ソフィアの高スペックぶりを知るクラスメイト女子一同に、手加減の三文字はない。

故に、逃げるも全力。――尋問も全力。


次回、「四面楚歌」。

味方のいない教室で、銀髪の乙女は恥辱に震える……。

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