元気の出る朝
――微睡んでいたまぶたを開けば、窓から射し込む陽射しが見えた。
揺れる光の元を辿れば、窓の脇にいるリンゼちゃんがカーテンを束ねている様子が目に入って。
……ああ、それで目が覚めたのか。
起きたくないと駄々をこねる身体をのそのそと動かしてベッドから下りると、ぐっと大きく伸びをした。
胸いっぱいに息を吸い込んで、そのまま大きく吐き出せば、少しぼんやりとしていた意識が幾分かはっきりとしたのが分かる。そのまま日課の体調チェックに移行した。
身体全体に意識を向ける。
まだ少し眠いが疲れは取れてる。問題なし。
体内時計もいつもと変わらない起床時間を示している。
身長も体重も変わってないことを含めて何も問題ないね。今日もいい天気だ。
櫛を手に椅子の横で待機してくれているリンゼちゃんに朝イチの笑顔を向ける。
「おはよ、リンゼちゃん」
「おはよう、ソフィア」
朝の挨拶を交わしたら身支度の準備。といっても、朝の運動の身支度だけどね。
さあ、今日も一日がんばるぞーう。
と準備を整え、元気に運動しようと部屋の外に出たところで、廊下に佇むお母様の姿が目に入った。
こちら側には私とお兄様の部屋しかないので、朝にこんな所で会うのは大変珍しい。普段なら雨が降りそうとか思う場面だ。
「お母様、おはようございます」
「っ! ……ああ、ソフィアでしたか。おはようございます」
うわー。お母様が満面の笑み浮かべてるー。こわーい。
なんて感想は決して口に出してはいけない。顔に出してもいけない。
機嫌が良さそうだからとからかったりなんかしたら、笑顔はそのままに目だけがスっと細められて、冷えた声で名前を呼ばれちゃうんだから。あの恐怖を忘れるものか。
昔は困ったように微笑んで優しく窘めてくれるなんて激レアパターンもあったんだけど、今はもうダメだね。あの頃の優しいお母様はもういないと私は悟ったさ。
「相変わらず早いですね。ソフィアは今日も外へ?」
「はい。お母様は……」
ポーカーフェイスを保ちつつ、瞬時に話すべき言葉を選ぶ。
普段ならこんなところにお母様がいたらどうしたんだろうと思うところけど、今はアイラさんがいる、元お姉様の部屋の前でニヤニヤしてるの見ちゃったらねぇ。
そういえばお母様はアイラさんのこと「お姉ちゃん」って呼ぶんだっけ? いいねぇ仲良しだねぇ。
私たち兄妹の仲が良いのもお母様譲りなのかもしれないねぇ。ニヤニヤ。
「――アイラさんの様子を見に来たのですか? 既に起きているようなら、私も少し診ていきましょうか」
「助かります。私はソフィアほど上手くは魔力を操れませんからね」
私の返事を聞いて、扉をノックするお母様の姿よ。
本人はいつもどおりのおすまし顔のつもりなのかもしれないが、嬉しそうな内面がまるで隠し切れていない。
ともすれば嬉しそうに振られるイヌの尻尾でも幻視できそうなほどうきうきわくわくとしたお母様の姿に、私は肩が震えそうになるのを必死に堪えていた。
っあー、ダメダメ! ダメよー私、笑っちゃダメ。
ここで我慢すれば、もっと面白い光景が見れるかもしれないんだから!!
察するにお母様ってば、大好きなお姉ちゃんと同じ家で寝るっていう事実に興奮して早くに目が覚めちゃったんでしょ。
それでアイラさんに会いに来たのはいいものの、まだ起きてるかも分からないし、同室にはソワレさんも寝てるから邪魔しちゃ悪いとか余計な事考えて身動き取れなくなってたとか、どーせそんなトコでしょ。
そこへ現れた治療行為という正当な訪問理由を持つ私。
別にこんな朝早くに診察する必要なんて全くないんだけど、かわいらしいお母様がもっと見られると思ったら我慢できなかった! 日課の鍛錬なんてちょっとサボったって問題ないない!
アイラさんをうちに引き取るって言われた時はどうなる事かと思ったけど、こんなお母様が見られるようになるなら歓迎するよ!
改めてようこそ、アイラさんにソワレさん!
二人に優しくした分だけ、回り回ってお母様が私に優しくなる。
そんな最高にハッピーな関係を築こうね!
「ソフィア。ほら、行きますよ。早く来なさい」
「はい、お母様」
ああ、ソワレさんの許可を得たお母様がもう「ねーねー早くー! はーやーくぅー!」って言ってるようにしか見えない。
かわいい。私のお母様どちゃくそかわええ。愛でたい。
はー、アイラさんには感謝してもし足りないね。
これから末永く、よろしくしたいものだ。
朝からやたら嬉しそうな母娘の訪問を受けて、ソワレさんは驚いたそうですよ。




