本物の変態
門番のおにーさんが外から来い来いってしてたので、暇な私はその誘いを受けた。
――でも、普通に考えれば分かるよね。
まともに人も呼べない人と、まともな会話が出来るわけないってさ。
「いやーありがとな! 俺、貴族の人とあんま話したことってなくてさー! マジ感激っ!」
へらへらとお気楽な顔で、嬉しそうに、まあ。
もしかしたら何か大事な用かも、なんて少しでも思った私がどうかしてた。これ動物園で動物に手を振ったら寄って来ちゃった程度の感覚でしょ。
……はあ。
昨日はもうちょっと常識ある人だと思ったんだけどな。
この人ってこんなバカっぽかったっけ。まさか簡単に呼び出しに応じたからって舐められた?
こんなバカ娘、ちょっとおだてりゃ楽勝だろ、みたいな……。
一人で会うのは早まったかな。
なんか身の危険感じてきた。
「それで、ご用件は……?」
刺激しないように姿勢を変える振りをして、いつでも逃げ出せる体勢を整えつつ聞いてみると、向き直った彼が突然頭を下げてきた。
「君の、ソフィアちゃんの当主様をぞんざいに扱う姿に一目惚れしたっ! 俺のお嫁さんになってくれ!!」
「……嫌です」
なにこれ嫌がらせ? 意味がわからない。
思わず断っちゃったけど、考えれば考えるほど訳わかんなくなってきた。
これって告白でいいんだよね? ほぼ初対面なのに? あと変な言葉も聞こえた気がするけどさすがに気のせいだよね。
「じゃあ代わりに俺の事、ちょっと罵ってみてくれないかなっ!」
あっ、聞き間違えじゃないっぽい。
……え? えっ、なにこれ。露出狂みたいな感じ? そんな感じだよね??
じゃあこの人、まだ若いのに変態ってこと? うわあ……こっちの世界にもそーゆー人、いるんだ……。うわあ……。
あまりの衝撃に呆然としていたら、いつの間にか変態が前のめりになって、興奮した目をギラつかせつつジリジリとにじり寄って来ていた。
あれ、もしかして私、貞操の危機?
……いやいやまさか。
親族の家でそんな、ねぇ……。
は、ははは。はは……。
………………話したら、分かって貰えないかな?
「あの、気持ち悪いので近付かないで貰えませんか」
「あっ♪」
ひぃっ!!
よ、喜ばれた! この人本物の変態だ、本物の変態さんだっ!!
うおおゾワゾワするようう。
思わず後ずさって距離を取ろうとしたものの、私が一歩下がると変態も一歩近付いてくる。
一歩下がると、一歩。
足を擦るように引いても、一歩。
歩幅が違うせいで、後ずされば後ずさるほどキモい顔が近づいてくる恐怖。
振り向いて逃げようにも、次の瞬間には大きな身体が私に飛び掛ってくるんじゃないかと思うと目も離せない。
ど、どどどうしよう。どうしよう。
ひぃぃぃ誰か助けてぇぇぇぇ。
「ソフィアちゃん! あの!」
「ひぃっ!?」
大きく踏み込んできたのにびっくりして、つい反射的に放ってしまった風の衝撃波。変態は大きく吹き飛んだ。
魔法をもろに受けた変態が「うぼあっ!!?」と悲鳴を上げながら派手に転がるのを見て、一瞬やり過ぎたかと反省しそうになったけど、地面を転がる変態の恍惚に歪んだ顔が目に入った瞬間にその思いは霧散した。というか怖気が走ってそれどころじゃなかった。
ああああ、寒い! 腕をどれだけ擦っても鳥肌が全然収まらない!!
そもそもなんで私がこんな目に!!
こんな事になるくらいならお母様にやり込められるお爺様を見てた方が何倍もマシだったよ! あの場から逃げ出そうなんて考えなきゃ良かった!!
「うひ、うひひひひ……」
しかもなんか笑ってるしいぃぃ!!
もうヤダ! もう怖い! 私もう帰る! お家帰るぅ!!
――短いようで長い、玄関までの距離を走り終えた私が最後に見た男の姿は、未だ地面に転がったままなのに目だけは飢えたケモノのようにギラギラと輝かせ、ジッと私を見つめる、あまりにも狂気に満ちたもので……。
私はお母様の元へ戻るまで、止まらない怖気を必死になだめることしか出来なかった……。
世の中には二種類の人間がいる。
マゾと、マゾじゃない人間だ。




