喧嘩するほど……
お母様の献身によってアイラさんは超絶スピードで目覚めた。
今までずっと眠っていたのが嘘のように、そりゃもうスムーズに起きた。
そのため身体が動かせるようになっていません。
流石に声が出ないのは不便だろうと思って、治そうとはしたんだけどね。
魔法でもっかい眠らせて、ちょっと荒療治になるけど喉の筋肉を強くしてあげよーとしたら、お母様に止められちゃってさ。
人って眠ってても、声出せなくても悲鳴は出せるんだね。びっくりしちゃった。
「というわけで、彼女は私の家で預かります。では」
「待て待て、待たんか!」
アイラさんが目覚めたのを確認し、お母様は私に次の指示を出した。
即ち、「アイラさんを連れ帰る準備をするように」と。
気持ちは分かる。
意識の無かった今までとは違い、身体が動かないままお爺様の傍に置いておくなんてそんな拷問紛いの行い、お爺様の本性を知った今、許すわけにはいかない。
でもそれはそれっていうかさ。
誰も何も詳しい説明してくれないのに、ちゃんとお母様の言いつけ通り部屋に入らないで待ってたお爺様に対してもうちょっと温情があってもいいんじゃないかなとは思うの。
実際にお爺様の被害を被っていないからか、私はまだお爺様に対してそこまで非情にはなれないようだ。
――ということをやんわりと伝えたら、お母様はお爺様に一方的に、ただ決まったことを伝えるかの如く通告を投げ付けた。
こうなる気はしてた。
「どういうわけだ!? 突然来るから何かあるとは思っていたが、何故アイラの目覚めが近いと分かった!? ソフィアの事も何も説明しないつもりか!」
お爺様、お怒りである。
身体おっきいのに声もおっきいからかなり威圧感あるけど、お母様は普段通りの塩対応に微塵の乱れもなかった。
「……説明しないのは、説明できないことだからです。お父様とて事の重大性は理解されているでしょう。喪神病で未だ眠り続ける者の家族がどれだけいるか、知らない訳では無いでしょう?」
「うっ」
お母様の淡々とした反論に、お爺様は言葉を詰まらせていた。
おお……。お爺様のお怒りはもっともだと思ってたけど、冷静に話すお母様の言葉を聞いた後だとただの八つ当たりだった気になってくるなあ。
何をそんなに興奮しているのかと言わんばかりの呆れた雰囲気を出すことで相手の勢いを削ぐとは……参考になる。
「だ、だがしかし……ううむ」
前から思ってたけど、お爺様って本当にお母様に弱いよね。
喪神病の治療法については確かに口止めされてるけど、普段のお母様だったらそれをちゃんと説明してるだろうし、言いくるめるにしたってもっとうまくやれるだろうに。
お爺様もお母様に雑に扱われてるの、自分で分かってるよね?
もっとちゃんと、叱る時には叱らないと。
でないとお母様はこれからもその調子のまま変わりませんよ。
私は知ってるんだから。お母様は結構自分勝手だって。
「それに元々、ここで面倒を見るのは『治るまで』という約束だったではないですか。お父様が償いをしたいと仰るから、直接の面倒はソワレさんが見るという条件で許したのをお忘れですか?」
「無論、覚えているぞ。だがな」
お母様は強気で、お爺様も強気で。
なんかこういうの、家ではないから新鮮だな。
家だとお母様はここまで饒舌じゃないもんね。
実はお母様、なんだかんだ言いつつもお爺様のこと結構好きなんじゃなかろうか。生き生きしてるように見えてきた。
「だがな、ではありません。そもそも、何故お父様がこの屋敷にいるのですか。ロイはどうしたのですか? 私から奪った息子はどこに放ったらかしにして来たのですか?」
「人聞きの悪いことを言うでない!! お前が急に来ると言うから慌てて様子を見に来たのではないか! ……ロイなら、課題を出してある。いつまでも儂に頼ってばかりでは問題だからな」
「初めから頼ってなどいないでしょう。あの子の心の隙に付け込んであることないこと吹き込み囲い込んだのはお父様の方ではないですか」
「何を言う!! 儂はただ、あやつの根性の無さを叩き直すべく――」
……ほら、あれだよあれ。喧嘩するほど仲が良い、ってやつ。
お母様の罵詈雑言はほら、きっと普段のストレスの裏返しっていうか、むしろ信頼してるからこそ何でも言える的なやつでさ? お爺様との絆の証的な? そんな感じだと思うな、うんうん!!
…………ごめん、やっぱ聞いてんの辛いわ。
青兄様もお爺様の被害者だったとか、そんな真実は知りたくなかった。
なおも止まらずヒートアップする二人からそっと距離を取り、私は気付かれないよう部屋から脱出することに成功した。
…………お爺様、顔は本当に好みなのになぁ……。
止まらない父娘喧嘩。
ソフィアの理想のお爺様像はもはや瓦礫の山と化した。




