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治療が必要なのは


 期せずして、私は望んでいた立場を獲得していた。


 それ即ち、お母様にお説教をする立場だ。


「私、言いましたよね? 『量は少なくてもいいので定期的に』って。それは短期間で治すことが出来ないということ以上に治療する側の負担を考えた上での発言だったのですが、まさかお母様ほどの方がそれを理解できなかったなどとは言いませんよね?」


「……魔力量には、多少の自信が」


「自信? そうですか。自分の魔力には余裕があるはずだからと調子に乗って、ドバドバと穴の空いた器に魔力を注ぎ続けたと。その結果、魔力の回復機能が異常をきたしている事にも気付かずに、心配するお爺様の言葉すら無視して倒れる寸前とは。それは大した自信ですね」


「……反省はしています」


「大いにしてください。お母様がこの方を大切に想っているのは分かりますが、それはお爺様だって同じでしょう。私はお母様方の詳しい事情は存じませんが、もしも私が来ていなかった時のことくらいは想像がつきます。この部屋で魔力欠乏で倒れたお母様を見つけたお爺様が、御自身を強く責められるだろうことくらいはね」


「…………」


 ああ、収まらない。言葉が止まらない。


 もしもあの時お父様の不自然さを追求しなかったらと、もしもの想像が止まらない。


「魔力量に自信があると仰いましたね? もしそんなお母様が魔力欠乏になった時、どんな治療ができると思いますか? 賢者と呼ばれるほどに人とはかけ離れた魔力量が必要となるお母様に対し、貴族ほどの魔力も持たない医師が一体どんな効果的な治療ができると?」


 魔力欠乏は貧血みたいなものだ。普通なら寝てれば治る。


 だが日常的に血を抜いていた人間が、更にはその身体に必要な量が常人と同じだと誤診されたらどうなる? 最悪の可能性すらあったのではないか?


 もしも、私がここに来ておらず。


 もしも、不運が重なってしまったなら。


 ――もしもお母様が、帰らぬ人になっていたら。


「……っ、あんまり心配を、させないでくださいっ!」


「……ごめんなさい、ソフィア。本当に浅はかでした」


 わっ、とお母様の胸に飛びついた。


 今はもう正常に動き続ける心臓の鼓動を聴きながら、間に合って良かったと、感情の溢れるままに涙を流した。




 ――それに気付いたのは、治療を始めてすぐだった。


 まずはいつも通りにしてみて欲しいという私の要望を受けて、お母様がアイラさんの腕を取って、魔力を流し始めた。


 すぐに違和感を覚えた。


 流す魔力の量が少ないのは、良い。

 どれだけ流そうとどうせ霧散する。必要なのは「身体に魔力を流す」という行為だ。


 だと言うのに、お母様が流す魔力はアイラさんの腕の辺りまで流れては消えていく。


 長く、細く。安定的に。


 普通の人ならば他人の身体に魔力を流すのには慣れが必要かもしれないが、お母様であれば数日もあれば完全にできるようになっていなければおかしい。けれど実際には、流す魔力の量すらも安定していないように見える。


 一体どうしたのだろうとお母様を見て、今まで感じていた違和感の正体に気付くと同時、全身から血の気が引いた。


「……え?」


 お母様の魔力が、薄い。


 魔力視は体内の魔力を視認できるレベルに調整してある。


 喪神病であり魔力が枯渇しているアイラさんの腕を流れる魔力がよく見えるのは当然のことだが、思えばお母様の腕に流れる魔力すらもはっきりと視認できていた。


 普通、この状態で常人を見れば人は魔力の塊に見える。流れる魔力は濃淡で見える。それが。


 お母様の全身は、寿命を迎える寸前の蛍光灯のように、暗くて――。


「ソフィア。どうで……ぁっ?」


 アイラさんに魔力を流し続けるお母様の手を取って、許可も取らずに全身を精査する魔法を放った。結果。


 ――魔力、不十分。


 ――肉体、疲労。


 ――精神、虚弱。


「――――ッ」


 倒れていないのが、不思議なくらいだった。


「ソフィア、なにを――」


「黙って」


 掴んだ腕から伝わる力が、驚くほどに弱い。


 そのまま何度も魔力の波を発して、お母様の身体の状態を正確に把握していく。


 ――鼓動、薄弱。


 ――意識、微弱。


 ――魔力変換効率、極小。


 期待したものとは掛け離れた診断結果。

 まるで壊れかけの身体を、意思だけで動かしている状態。


 こんな状態になってるお母様に気付かずに、暢気にティータイムをして、微かにしか残っていない魔力を吐き出させてって、私は何やってんだホントにぃ!!!


「だあぁもうっ、エッテッ!!」


「キュイッ!」


 治癒の魔法。回復の魔法。現状回帰の魔法。


 ひとつひとつ治していってもまだまだ足りない。足りない手は猫の手ならぬフェレットの手で代用した。


「……ソフィア。治すのでしたら私より先に、」


「お母様が先!! これは絶対です、譲りませんッ!!」


 なんでこんな状態で平気な顔してんのお母様はッ! 危うく見過ごすとこだったじゃんか!!



 弱い抵抗しかできないお母様を力尽くで押さえ込んで、無理やり癒した。


「……キュィ?」

「エッテ。ちゃんとして」

「キュイィッ!」

エッテはワッフルの残り香を感じ取った。が、御主人様の怖い声には逆らえなかった!!

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