ナニモナカッタヨ
……という夢を見たんだ。
「…………ん」
夢の世界から帰ってきたリンゼちゃんが、目を覚ました。
私はドキドキと逸る鼓動を悟られないよう平静を装いつつ、努めていつも通りに声をかける。
「あ、リンゼちゃん起きたー? おはよ」
「……あ、ら? ……おはよう」
何かがおかしい。
一瞬だけ、そんな様子はあったけど。
その後リンゼちゃんは特に何を気にするでもなく普通にベッドから降りた。
見た感じ問題はなさそう。
……成功、かな?
◇
――あの後。
リンゼちゃんにお仕置きという名目で、ちょーっとだけやりすぎちゃった、あの後。
私はリンゼちゃんの記憶を改竄することにした。
具体的には、私がリンゼちゃんに泣かされた辺りからの記憶を消去してある。
親しい人相手にはあんまり使いたくない手段だったんだけど、でもリンゼちゃんに嫌われるよりかはマシだもん。仕方ないよね!
……というのも、リンゼちゃんの拘束を解いている時に発覚した事なんだけど。
くすぐりすぎてたみたいで、リンゼちゃん。
……おもらししてたんだよね。
お布団剥いだ瞬間に臭って、こりゃやばいと顔面蒼白になったよね。
動けないように縛ってくすぐるくらいならまだしも、漏らさせたのは流石に良くない。
だって、もし私がやられたら確実に報復する。
相手がリンゼちゃんだろうとする。
少なくとも数日間はそれをネタにして毎日ねちねちと愚痴を零し罪悪感を刺激しまくって、普段だったら絶対に着てくれない露出度の高い恥ずかしい格好を強要するくらいはする。それでも足りずに、前から拒否されてたお風呂での奉仕もこの機会にと義務化させちゃうかもしれない。
乙女にとってのおもらしは、それくらい恥ずかしいことだ。
……今思えば、責めてる最中に急に抵抗が弱くなったのって、もしかしておもらしのせいだったのかな。だとしたら悪いことをした。
でも過ぎちゃったことは仕方ないので、なんとかしないといけないんだけどー……許してもらえるビジョンが見えない。
ひたすら謝り倒すことは確定としても、その後リンゼちゃんがどんな対応を取るか。
見た目と違って大人なリンゼちゃんのことだ。
「もうこんな仕事は続けられません」と即日家を出ていってしまう……なんてことは、ない、とは、思う。思いたい。
でも私を見る目は今までみたいな無感動+僅かな興味の窺えるそれから、軽蔑+警戒+嫌悪の篭もったおぞましいものを見る目へと変わるだろう。それはちょっと耐えられそうにない。
……想像しただけで泣きそうになってきた。
完全に自業自得なんだけど、でもリンゼちゃんに嫌われたくない。
ああ、いっそ全てなかったことにしたい……と思った私は気が付きました。
そうだ、全部なかったことにすればいいんだ! と。
私の禁術【タイムリープ】なら、それができる!
過去に戻ってやり直し!
人生にリセットボタンなんてない? なら作ればいいじゃない! の発想から生まれたリアル版セーブ&ロード! これで人生イージーモード!
記憶との齟齬とか生まれるから今まであんまり使ったことなかったけど、問題なく使えるのは実証済みだ。
いざ、リンゼちゃんにお仕置きする前の世界線へ!!
と魔法を発動する段になって、未だおもらししたままの無残な格好でベッドに横たわるリンゼちゃんが目に入った。
……全部無かったことになるとはいえ、このまま放置するのも気が引けるよね。
とりあえず時間を止めて、汗やらおしっこやらで汚れたメイド服を洗浄、リンゼちゃんの身体も丁寧に拭って、掛け布団やベッドもキレイさっぱりお掃除して、部屋の空気も入れ替えて。
作業が一段落し、ふう、と一息ついた時に気がついたのです。
……リンゼちゃんって、普通に魔法効くんだよね。
考えてみれば、女神様と同等の知識を持ってるだけで身体は凡人。だからこそ私の責めからも逃れられなかったわけで、今も時止め魔法で固定化できてる。
もしこのまま私が過去に戻ったら、リンゼちゃんに「お姉様」と呼ばれた事実はなくなる。でも魔法が有効なら、リンゼちゃんの記憶だけを封印すれば……?
――人には深層心理ってものがある。
本人に自覚はなくとも、無意識が。
私を「お姉様」と呼び「好きです」と繰り返した事実が、知らず知らずのうちに、心や体に影響を及ぼす事も――
私の中の悪魔がそう言って唆してきたんです!
私だって必死に抵抗したさ!
そんなのは良くない。そんな手段に頼らずとも、私はリンゼちゃんに本心から「お姉様大好き♪」と言わせてみせると! でも!
……悪魔の誘惑には勝てなかったよ……っ!
◇
そして。
「ごめんなさい。仕事の途中でいねむりなんて……」
「いいのいいの。リンゼちゃん普段から頑張ってくれてるし」
結局私は、過去には戻らず。
リンゼちゃんの記憶を一部封印するに留めた。
「……そう。ソフィアは優しいのね」
リンゼちゃんが柔らかく微笑む。
……しばらくは良心の呵責に耐える日々が続きそうだった。
「……あら?……ベッドが綺麗になっている気が」
「キノセイダヨ!!」




