お菓子を迎える準備
今日は寄り道もせずに学院から家に帰って、それからずっと、玄関の気配を気にしている。
だって……お菓子が来るから!
いつかは食べたいと狙っていた、あの……フェアリーズエデンのお菓子が、来るから!!
まだかな。まだかな。
そわそわ。もふもふ。そわそわ。
そろそろカイルは家を出た頃だろうか。それとも、まだ家にいるのだろうか。
時間を指定しなかったのは痛恨のミスだ。
とはいえ、この待っている時間も楽しくはある。
普段ならなにか軽くつまみながら待つところだけど、今日だけは他のお菓子も紅茶も口にしてはいない。舌と鼻をフラットな状態にしておく為だ。
今日は水だけでいいと言うと、昔からのメイドさんには「虫歯は我慢しても治りませんよ」と優しく諭され、リンゼちゃんにすら「……え?」と信じられないものを見るような目で見られたのは忘れられない。私はどれだけお菓子好きだと思われてるんだ。
……まあ、これまでに私の都合でおやつ抜いたことなんて無かったけどさ。
現に今も、自覚がある程度には口が寂しい。
なので抱いたフェルの毛並みを堪能することで気を紛らわしている最中なのだ。
もふもふもふもふ……。あー気持ちいい。
「キュウ~……」
あっ、逃げられちゃった。
なんだか元気の無い声を上げてたけど、眠かったのかな? まあいいや。
「エッテ、おいで~」
「キュイ……」
あれ、エッテも嫌そう。なんで?
二人して疲れることでもしてたのかな?
「眠いなら寝床行く? 連れてったげよーか」
「キュイィ~……」
首を横に振るエッテ。
どうやら眠い訳では無いらしい。
「ならどうしたの? うーん、話せないとこういうとき不便だよねぇ……」
フェルとエッテは私の言葉は理解出来ても、私に伝える手段を持たない。
ぬいぐるみの身体であるマリーたちとも意思疎通できる魔法【念話】を繋いでも、なぜかフェルたちとは意思の疎通が出来ないのだ。
でもあんまり困らないんだけどね。
「病気とかじゃないんだよね?」
「キュイ」
私の言葉に首肯すると、頭の良いエッテはそのままジェスチャーを始めた。
ひかえめに言ってもちょーかわいいよ?
立ち上がって、両手を顔の前で動かして、頭を小刻みに震わせる動き……これは……。
「もしかして、おやつ抜いたから元気がないの?」
「キュイッ!」
「キュウゥッ!」
ほんとそれ!! と言わんばかりに二人して絨毯をてしてしと短い足で叩き、猛抗議してきた。
ひかえめに言わずともたまらなくかわいいです。
「えー」
そんなに元気がなくなるほどだとは思わなかった。というか私だっておやつ抜いたのにぃ。
でも気持ちは分かる。
「さっき説明したでしょ。この後に美味しいお菓子が来るんだから我慢しようねって」
カイルが持ってきてくれるお菓子の量が不明なので、家で働いてるみんなに分けてあげられるかがわからない。だからフェアリーズエデンのお菓子が来ることは内緒にしてある。
でもフェルたちは身体が小さいから、私の分を分けてあげるつもりなので確実に食べられる。言わば選ばれし者。
ならば最高の状態で頂くのは当然だろうと、私と一緒におやつを抜きにしてもらったのだけど……。
「キュウ! キュウゥ!!」
ほら見て! ぼくのおなかこんなに伸びるよ! まだまだいっぱい入るよ!
……と言わんばかりに、お腹をぴろーんと伸ばして主張するフェルと。
「キュ……キュイ……」
ああ、わたしもうダメ……。お菓子がないと力が出ない……。
……とでも言いたげな名演、頭に手を当ててふらふらしだすエッテ。
うーん。かわいい。
「でも私の分を分けるんだからダメ。我慢しないのならお菓子が来ても分けてあげないよ」
「「キュ~ン……」」
犬か。なんて切なくなる声を出すんだ。
どう慰めようかと迷っていたその時、玄関を開く音が耳に届いた。
「お出迎え行くよっ!」
「「キュッ」」
私は今、一陣の風になるっ!
◇◇◇
「あ、お兄様。おかえりなさいませ」
「……ただいま、ソフィア」
う、うおおお。お兄様だった。カイルじゃなかった。
思わず落胆しそうになったけど、お兄様をお迎えして「なんだお兄様か……」なんて態度は絶対にするわけにはいかない。お父様相手ならまだしも。
「エッテとフェルも、ただいま」
「キュィイ~♪」
「キュウ、キュウ」
フェルたちには最初からお兄様が帰って来たんだって分かってたみたい。
私だって心構えさえ違えばフェルたちみたく甘えたのに。
今はちょっと、本命が来たと思ったら別の本命だったせいで心の準備が追いつかないのだ。
「それで、誰か待っていたのかい?」
うう、見透かされてるし……。そんなお兄様も素敵だけど。
「ええ。お恥ずかしい話ですが、帰ってからずっと、心待ちにしていまして……」
「ふうん……」
ああ、お兄様とのお話もいいけれど、今はお菓子が待ち遠しい!
早く来ないかなぁ、カイル! はっやっくぅ~!!
フェルたちはソフィアの前では話せることを秘密にしている。
だってその方がかわいいから。
話せたら、それはもうペットじゃないから!




