フェアリーズエデン
フェアリーズエデン。
それはお菓子好きなら誰もが知る名店中の名店。
自然の民たるエルフがその叡智の全てを費やして作ったと言われる焼き菓子はどれも絶品で、店内に溢れる香りにすら値段を付けた者がいるというのは有名な話だ。
高品質な自然食材の豊富さでは随一という立地もあり、最高級の素材を惜しみなく使うのは当たり前。そこから更に、百種類を超えるハーブの組み合わせと、精霊と直接対話できるエルフだからこそできる完全な熱管理。それらが長寿という種の優越の元に一世代で磨き上げられた結果、生み出されたのは食す者を天国へと誘う究極の焼き菓子であったという……。
……食べたい。
中でも看板商品である『精霊の贈り物シリーズ』と呼ばれるお土産用の詰め合わせセットには、店側の「開封した時の精霊たちが舞い踊るような香りを楽しんで頂きたい」という理念から子供が一人では開けられない程に厳重な封が施されているのだが、それが実は後付けの理由であり、実際には封が施される以前に購入した者達からの「荷物から漂うあまりにも美味しそうな匂いに手が勝手に動いてしまう。家に着いた頃には空の箱しか残らない。なんとかならないか」という嘆願によりなされた処置であるという逸話すらある。
大の大人の男ですらも我慢できない。
それほどの逸品。それだけの絶品。
……た、食べたい。
たったひとつの商品ですらこれほどの評価を得ているフェアリーズエデンではあるが、近隣の街の住人が口を揃えて言う決まり文句というものがある。
曰く。「フェアリーズエデンには夏と冬の二回行け」。
それこそがフェアリーズエデンが支店を出さない理由でもあり、辺境の町にありながらも世界に名を知られることとなった起源にまつわる話なのだ。
夏と冬。フェアリーズエデンに何が起こるのか?
勘の良い皆様にはおわかりだろう。
季節限定。菓子店。
この二つのワードが並べば出てくるものは決まっている。
旬のフルーツを贅沢に使用した生菓子だよ!!!
夏の太陽。煌めく果汁の黄金桃。
冬の麗月。凍らぬ甘さの雪林檎。
どちらも超がつくほどの高級食材であり、本来であれば庶民がやすやすと口にできるものではない。
にも関わらず、近隣の住人は誰もがフェアリーズエデンが提供するこの季節限定高級フルーツをふんだんに使った生菓子の味を知っているし、毎年欠かさずに口にするという。
何故か。
なぜそんなに贅沢ができるのか。
その理由は、驚嘆に値する。
フェアリーズエデンは長寿で有名なエルフが運営するお店であり、エルフは総じて能力が高い。有り体に言えば金持ちで暇人な種族がエルフなのである。
……配っているのだ。お菓子を。
世界中の誰もが求める最高級のお菓子を、無償で!!
私も移住したい。
彼の町には「人々の笑顔が最高の報酬です」を地で行く大層高潔な精神であらせられる聖人様がいるらしく、私財を投じて黄金桃と雪林檎の農園を経営。
それらが旬の時期になると思想に同調したエルフ同士を集めて祭りを開き、町を訪れる全ての人に笑顔をもたらすため日夜お菓子作りに励むという……都市伝説みたいな人が実在するらしい。
その活動のきっかけが一人の貧しい子供の為って言うんだから堪んないよね。
私みたいなお飾り聖女じゃなく、そーゆー人を聖人に仕立てあげて町の近隣のみと言わず世界をお菓子王国に染め上げてもらいたいところではあるけど、そうはいかないんだろうね。はーあ。
この話を初めて聞いた時、子供の私にもそのお菓子くれないかなーと軽い気持ちで飛んで行ったことがあるんだけど、どうやってか隠蔽飛行中の私を発見したらしくお祭りが大混乱に陥りそうになったことがあるんだよね。
エルフの魔法はやっぱりすごいんだねぇ。
まあ美味しいお菓子は他にもあるしと半ば諦めかけてたんだけど、食べられるものなら食べたいことには変わりない。
それも、新作ですってよ?
保存のきかない生菓子をなんとか遠方にも届けられないかと試行錯誤してるって話も聞いたことあるし、これはもしかしてもしかするんじゃないですかね。んふふ。
一時は夢へと消えたフェアリーズエデンのお菓子。
ああ、楽しみすぎる……!
想像するだけで美味しい。
食べても当然美味しい。
余韻を楽しんでも美味しい。
パーフェクトだ……!(まだ食べてません)




