アネット視点:変わらない日常
お兄様から注文された品を指定の場所に送り届けた、その後日。
「やあアネット」
「ロ、ロランド様! わぁー! ロランド様だ!」
私に会いに来てくれたお兄様にアネットが興奮していた。
「あのあのっ、今日はお時間ありますか? 良ければまた、勉強を見てもらえないかなーなんて……えへへ」
でへ、でへ、とだらしなく緩んだ顔をしてお兄様に迫るアネットに、私は恥ずかしさのあまり消えたくなった。
愛しい人の前でそんな下品な顔をしないで欲しい。
私がアネットの体を使ってどれだけ知的な雰囲気を醸し出そうと、同じ顔で醜聞を振りまくアネットのせいで私の評価は永遠に上がらないんじゃないか。そんな気分になってくる。
こんな調子でいざお兄様と結婚してベッドインまで漕ぎ着けた時に「げへげへ笑う女性はやっぱり無理」とか言われたらどうするんだ。責任を取ってくれるのか。
もしもそんな時がきたら、私は本気でアネットの身体の主導権を奪うことを考えるかもしれない。
私が一人落ち込んでいると、アネットに迫られたお兄様は一瞬だけ、記憶を探るように目を細め――。
「ごめんね。君の学力はまだ僕が教えられる水準に達していないみたいだ。もう少し成績が上がったらまた勉強を見てあげるよ」
「はいぃがんばりますぅ♪」
……アネットよ。ああ、我が半身よ。
私がアネットの嗜好を踏まえた上でお兄様に頼んだこととは言え、本当にそんな言葉で喜ばないで欲しい……。
お兄様から笑顔で罵倒され、満足したアネットのスキをついて身体の主導権を勝手に借りた。
即座に顔を引きしめて、深々と謝罪。
「……この度は私が、大変お見苦しいものを見せてしまい……」
身体に残る高揚感と精神的な羞恥で顔から火がでそうだ。
幸いお兄様は私の醜態に嫌悪感を抱いてはいなかったようだけど、基本的に私とアネットは一蓮托生。
アネットの不始末は私が対応しておかなければ、将来がどうなるか分かったもんじゃない。好き勝手しつつもバランス感覚に優れていたソフィアの中にいた頃が、今はとても恋しい。
「いや、それはいいんだけど。あんな貶し方で本当に良かったのかい?」
と思ったら、お兄様もお兄様でさっきの自分を恥ずかしがっていたらしい。口調は普通でも耳元が少しだけ赤かった。
……アネットもこのくらい可愛らしく照れてくれたらなぁ。はぁ。
それにさっきの罵倒も実に堂に入っていて、笑顔から覗く蔑んだ瞳が背筋にぞくぞくとしたものを……じゃなかった。
危うくお兄様の魅力に私まで呑まれるところだった。あぶないあぶない。
「とても助かります。ロランド様のお陰で成績も順調に向上中ですよ」
「そうなんだ……」
うわちょっと引かれてる。気持ちは分かるけど引かれるのは困る。
この話題はやめよう。
「それより、本日は例の件で?」
水を向けるとお兄様も気持ちを入れ替えたようだ。
「ああ。今回もアネットのお陰で上手くいったよ、ありがとう」
ああ良かった。今回もお兄様のお役に立てたみたい。
「それは何よりです。今回は少し強めのものを用意しましたけど、どんな相手だったのですか?」
「気になるかい?」
気になる……どうだろう。
正直なところ、質問したのはただお兄様と少しでも長く話すための口実のようなものだったのだけれど、用意した者の責任として薬がどう使われたのかは知っておきたい気もする。
「そうですね。差し支えがなければ教えていただきたいです」
「もちろん構わないさ」
お兄様は快く了承してくれた。
「相手はソフィアの友人の兄でね。一時の対処では後に問題が残る可能性があったんだ」
「なるほど……」
というか、それだけソフィアと近しくてお兄様の排除対象になるなんて、余程普段の素行が悪かったのかなその人。
普通の相手ならお兄様はソフィアの自由恋愛に口出しはしない……はずだし。
「もう正式な相手がいるというのに未だに手当たり次第女の子に手を出すような男だったからね。奥さんの方を上手く焚きつけて相思相愛の理想的な夫婦にしてあげたんだ」
「あ、結婚してる人だったんですね」
それはダメだ。
私たちの大事なソフィアがそんな男に「たまたま目に付いたから」なんて理由で弄ばれるなんて許せるはずがない。お兄様の判断は実に正しい。
「一応経過は見るけど、この件はこれで解決だと思う。奥さんの方にも軽い暗示を掛けておいたから正確な情報も手に入るしね」
「あれ、暗示まで使ったんですか?」
無関係な人にそこまでするなんて珍しい。
「襲われかけた流れで、ついね」
「襲われ……はあ……」
性的に、ですね……。似た者夫婦ってことですか。
「えっと、お疲れ様です」
「うん。ありがとう」
私たちはなんとも曖昧な笑顔で微笑みあった。
(はあああ悪いお顔のロランド様も素敵ー!かっこいー!それになにより、ソフィアさんを想っている時の優しいお顔!!この人が私の旦那様……でへ……)




