お兄様に挨拶しよう
春の日差しが気持ちいい季節になった。
冬だろうと春だろうと家で引きこもり生活を送る私にはあんまり関係ないけど、お庭でのんびりお昼寝するにはいい季節だ。
フェルとエッテもだいぶこの家に慣れたようで大分ふてぶてしくなった。
逞しいのはいいんだけど、空にしたお皿を鳴らしてお替りを催促するのは飼い主の私が恥ずかしいからやめてほしい。
メイドたちもかわいがってお菓子を与えるものだから調子付いてるかもしれない。
またお母様に絞ってもらおう。
お母様はお勤め先と交渉してフェルとエッテの研究をお仕事にすることに成功したらしく、たまに二匹を連れて行っては何かやっている。
一度見せてもらったけれど、首輪を着けて観察したり、何か飲ませて観察したり、見ててつまらなかったから任せることにした。嫌がることはしないみたいだし。
たまにフェルとエッテが疲れたようになって戻ってくるけど、そんなときは大抵ご飯を食べなくなる。
これはお菓子に釣られて食べ過ぎた時の症状だからなんだかんだうまくやっているみたい。
うまくいっていないのはメリーとマリーの方だ。
お母様の研究によってぬいぐるみであるはずのメリーとマリーがフェルとエッテが活動するのに必要な悪意の供給源であると断定された。
それはぬいぐるみに心があると証明された大変素晴らしい瞬間であると同時に、フェルとエッテは生きるためにぬいぐるみを苛めているということが証明された瞬間でもあった。
双方の主たる私は思い悩んだ。
でもどうしようもないじゃん?
とりあえず苛められた後は心持ち優しく慰めてあげていることにしている。
この世は弱肉強食。強くなるしか生き残る術はないのだ。
そんな漫然とした日々を怠惰に過ごす私にある日衝撃が訪れた。
「今日……貴方達の兄が、来ます」
お兄様と呼び出された部屋で告げられた言葉に、私は隣に立つお兄様を見た。
お兄様も驚いていた。
「二人に知らせなかったのは会う機会が無かったからです」
なんとびっくり、私にはもう一人お兄様がいた。しかもお姉様の二歳下とは。
普段は領地の館に一人でいて、好き勝手やっているらしい。
家族と離れて暮らさせるなんて、私の家族がそんな酷いことをと戦いていたら、件のお兄様が一人暮らししたさに家出しそうだったから一人暮らしさせたそうな。ただのわがままだった。そう、そこで終われば。
子供のかわいいわがままでちょっと一人で暮らせば寂しさにすぐ戻ってくる、そんな甘い見通しはおじいちゃんが聞きつけたことで一変した。
お母様のお父様であるところのおじいちゃん。つまり公爵おじいちゃんだ。元・公爵閣下だ。
長男としての責任感の無さに怒りが爆発したらしい。
なんでも若い頃から周囲の重圧に耐えて耐えての人であった為にお母様が子爵家に嫁に行くことも許してくれたそうだ。
責任ある立場のものが逃げ出すことを何より嫌う、今では暇を持て余したおじいちゃん。
軟弱な精神は叩き直すと幼いロイ少年をそのまま屋敷で鍛えていたと。そういうことらしい。
いや、会うくらいいいよね? なんで隔離してるの。
「ふふふ」
いきなり笑いだした。
面白いこと言ったつもりないんだけど。いや知ってるけどさ、これ怖い笑いの方だって。いつもの優しいお母様に戻って。
「お父様は、あろうことか、私に叱られるのが怖くて顔を出さないのですよ」
え、なにそれ?
貴族の使命に燃えてたおじいちゃんはどこにいったの。
「母上、それは違いますよ」
ノックと同時に入ってきた青年が口を挟んだ。
微妙に行儀悪いけど青髪の男初めて見た。インパクト凄いな。
この人がお兄様なんだろう。聞いてたより態度は普通、だいぶ矯正されちゃったのかな。
「母上、絶対に、絶対に違いますからね」
二回言った。
それもう認めてるよね?
おじいちゃんだから娘には弱い
多分孫娘にはもっと弱い