ロランド視点:後始末
修行の様子を見に来ると言われた時にはどうなるかと思ったけれど、まさかソフィアの友人が喪神病にかかるとはね……。
本当にソフィアの周りでは色々な出来事に事欠かない。
僕は手元の手紙を弄びながら、あの日のことを振り返っていた。
喪神病は治療できない。
それが当然だと誰もが信じていた。
しかしソフィアはあの日、それを覆した。
ソフィアの言によれば即座に目を覚まさせるのは難しくとも、治療自体は誰にでもできるものらしい。
言い訳めいた雰囲気は感じたが、ソフィアの言うことだ。発言に嘘はないだろう。
それに僕にとっては喪神病がどうこうよりも大事なことがある。
友人があわやという目に遭ったというのに、ソフィアが思ったよりも元気だったという事実だ。
ソフィアと交わす雑談の中でウォルフという名を聞く機会はほとんど無い。
友人ではあれど、それほど親しくはない。
恐らくそんな相手だったんだろう。
「人命……か」
そして、母上のあの質問。
母上は研究者としての性なのか、世の人の為にという意識が強い。
あの日、ソフィアは母上に人命の重さを問われ、明言を避けた。
つまり。
「ソフィアにとって、他人の命は軽い」
それは人として当然のことだ。
人の世界は狭い。
家族。友人。知人。そして他人。
距離が開くほどに関係は薄まり、興味も関心も薄らいでゆく。それは自然なことだ。
近しい人を守りたいと願うのも。
見知らぬ人を救いたいと願うのも。
どちらも近いようでいて遠く、その本質はまるで違うものだ。
前者は自身の理想の世界から不利益を除きたいという我欲でしかなく。
後者はただ「救った自分」という事実を欲する虚栄心故の願望だ。
ソフィアは、前者。
確固とした自分を持っていてその筋を曲げない。それでいて、人とぶつからずに受け流す術も心得ている優しい子。
そして僕も、前者だ。
自分の欲を通すために他人の不利益を計算する。
意地汚い欲望を表には出さず、必要とあらば素知らぬ顔で他人に不幸を押し付ける。その行動を躊躇うことなどありはしない。
自分の望みが最優先。
それが僕の。そしてソフィアの性格だ。
「……ソフィアと同じ、か。ふふ」
同じ。お揃い。同類。理解者。
ソフィアと共通の価値観であることが嬉しい。
この愛情が歪んでいるという自覚はあるが、間違っているとは思わない。
僕はこの、自分が抱いている愛情の深さに満足している。
……だからこそ。
「反吐が出るね」
軽い気持ちでソフィアに手を出そうとする有象無象が許せない。
この手紙がソフィアの手に渡らなくて良かったと前向きに考えることで、なんとか心の平穏を取り戻した。
差出人の名はロビン。
剣聖の孫という立場を利用して、目に付いた女性を食い散らしている畜生だ。
本人は「女に生まれた幸せを教えてやってるだけだ」と言って双方に利益のある関係だと主張しているし、実際にその考えに同意して爛れた関係を楽しんでいる下品な女を連れ歩いていることもあるが、クズはクズだ。師範の孫でさえなければ会話する機会さえなかっただろう。
そのセリティス家の汚点が、ソフィアに目をつけた。
「クズはクズ同士で盛っていればいいものを……」
ソフィアがそんな目で見られてるって事実だけでソフィアが穢された気分になるんだよね。
不愉快極まりない。
こんな最低な気分のままじゃ、ソフィアと楽しい時間を過ごすことも出来やしない。
「……っと、こんなところかな」
動かしていた手を止める。
簡潔に要点だけをまとめた書き付けに間違いがないことを確かめると、小さな入れ物に封じてフェルの首に結びつけた。
「じゃあ、フェル。これをアネットのところに頼むよ」
「キュウ」
ソフィアの人生に汚れた畜生は必要ない。
だから、いつもどおりに処理しよう。
好奇心旺盛なソフィアに気付かれないよう慎重に。
かつ二度とふざけた気を起こさないよう徹底的に。
「さて、僕も動くか」
いつもどおりに。
全てを無かったことにしよう。
ソフィアは盛ってても許されるのに。
お兄ちゃんから見てロビンは危険だと判断されたようです。
さらばロビン。さようならロビン。




