カイル視点:かなわないアイツ
(一人ってのは、そういえば久々かもな)
唐突にそんなことを思った。
いつもは教室にいれば、ウォルフかミュラーか。大体あの二人と一緒だったから。
二人の姿を探してみたら、教室の反対側の方に二人でいるのを発見した。
しかもウォルフはこっちを見てたみたいで、俺があいつの方を向いた瞬間に目をそらしやがった。
……まあ、気まずいわな。俺も気まずいし。
見ていたことがバレないようにそのまま視線をめぐらせると、視線は決まって一人の女子へと行き着く。
クラスメイトに囲まれて楽しげに笑う女の子。……ソフィアの元へと。
「なにやってんだあいつ……」
見ればソフィアはクラスの女子の膝の上に座っていて、両腕をそれぞれ別の女子二人に取られ、まるで囚われているような状態になっていた。
「……いくら冬とはいえ、あいつら暑く……、ああ、そうか」
言いかけて気づく。
あいつら、ソフィアで暖をとってるんだな、と。
このクラスに属するものにはもはや常識ではあるが、ソフィアという少女は特別クラスにおいてもなお特別な存在なのだ。
学業については言うに及ばず。
魔法実践の授業においては二学年上のクラスに混じって学び、剣術の腕はかの【剣姫】に認められるほど。挙句にはヒースクリフ王子から熱い求婚を受けている真っ最中だとの噂まである。
しかも容姿は可憐にして秀麗。
神が造形を手掛けたように精緻な美を有しながら、口を開けば明るく闊達。かと思えば時折深い思慮を窺わせ、学院の研究員ですら舌を巻く遠謀を語ることもあるのだとか。
――彼女の正体は人ではないのではないか。
遂にはそう疑る者達すらも現れたらしい。
荒唐無稽な話にも聞こえるが、だがそう主張する彼女らには確かな証拠があると言う。
その証拠とは――。
「はい次あたし~。ソフィアおいで~」
「えーっ、もう? あ~あたしのソフィアが~」
「順番順番~♪ うーん、あったかぁい! ソフィアの手は相変わらず気持ちいいねぇ」
「触り心地も最高だし、一家に一人欲しくなるよね~。ソフィアーうちの弟と結婚しなよー。そして私をお姉ちゃんと呼んでー」
――ソフィアの周囲の気温は季節の寒暖差に影響されず、常に快適であるという謎の現象だ。
(いやまぁ、謎でもなんでもないんだけどな。どうせソフィアがなんかしてんだろ)
特別クラスの人間ならもう誰もが知っている。
ソフィアが、特別な存在であると。
(あれで本人は隠してるつもりだっつーんだもんな。笑えるぜ)
実は精霊が人の姿を借りて学院生活を楽しんでいる、というのが今クラスで最も有力な説だ。
確かにソフィアの使う魔法はその発動方法から威力まで、なにもかもが人間離れしているし、黙っていれば見た目だけなら妖精か精霊かって気になるのもわかる。身体の大きさも入学時からほとんど変わってないしな。
でもアイツは精霊なんかじゃない。断言できる。
精霊っての清らかで純粋で、永遠が形を持った存在なんだろ?
ならさ。
「相っ変わらず、バカみてぇな顔」
ほら、見てみろよ。精霊様があんな顔するか?
二つ席を開けて座っているヤツにすら聞こえない程度の声量で呟いたというのに、大声を出さないと聞こえない距離にいるソフィアがキッとこちらを睨み付けてきていた。まったく、どんな地獄耳してるんだか。
つーか自分がバカみたいな顔してるって自覚あるのな。ははっ。
ソフィアが表情を変えていたのは一瞬のことで、すぐにまた笑顔になっておしゃべりの輪に戻る姿を見て、改めて思う。
やっぱアイツにはかなわねぇな、と。
あの日。俺と口論になったウォルフが急に倒れて。動かなくなって。
こっちは、もうウォルフが二度と目覚めないんじゃないかって不安に押しつぶされそうになったってのに。
アイツは不治の病と言われる喪神病すらちょちょいと治して、何事も無かったみたいにもう普通に笑ってる。
――やっぱかなわねぇよなぁ。
ウォルフに言われるまでもなく分かってた。だからあの日、喧嘩になった。
ウォルフも俺と同じだと思ってたから。
――『お前なんかになにが分かるッ!!』
そう言われた時に、思わず笑っちゃったのは悪かったと思うけど。
昔っからウォルフは難しく考えすぎなんだよ。
ソフィアやミュラーに敵わないなんてのは初めから知ってる。でもそれがどうした?
俺達は、それでも、と手を伸ばし続けてきたんじゃねぇのかよ。
あの日。ウォルフと喧嘩をするまで。
俺は本気で、ウォルフも俺と同じ覚悟を終わらせてると思ってたんだ。
「ソフィア!そいつの弟なんかじゃなく俺と結婚しようぜ!」
「あははー。やだ」
「ならカレン!お前でもいい!」
「え……嫌です」
「ネフィリムー!」
「格の違いを自覚するのだ!」




