勉強の続きは始まらない
「かくれんぼの範囲ってこの家全部?」
「うん」
「お父様……」
おふざけの後始末も終わったので、そろそろ勉強に戻ることにした。
……ネムちゃんはかくれんぼの続きらしいけど。
「にしても、どんな流れでヒューイさんと会ったの? 確か家宝を見せてもらいに行ってたんじゃなかった?」
「あ、それね! 剣だった! 聖剣がね、キラキラピカーってなってて綺麗だったの!」
ほう、聖剣とな。
……それバルお爺ちゃんが持ってなかった?
まあ聖剣が何本あってもいいけどさ。
「それでねそれでね、いいなーすごいなー、触りたいなーって言ったらダメって。でもヒューイが来て、ちょっとだけだぞって言ったら触らせてもらえたの。でも実は偽物なんだって。秘密なんだけどなって言ってた」
ネムちゃんの口の軽さやばいな。
まあ初対面の女の子に大層な秘密なんてばらさないだろうし、ネムちゃんが喜ぶような受け答えしたんだろうな。私にも覚えがある。めっちゃある。
にしても、偽物ねぇ。
家宝の偽物。
それって窃盗対策的な?
ある日怪盗が「今宵、家宝の聖剣を頂きに参ります」なんて書かれたカードを残して、夜な夜な警備員と熱いバトルなんか繰り広げちゃって、華麗に警備員を捌き切った怪盗が聖剣を回収して出口に向かうとそこには先回りしたヒューイさんがいて、「残念だったな。その聖剣は偽物だ」とか言っちゃったりなんかしちゃったり??
やばばん。私そーゆーの好き。
前世で見てた探偵物のアニメでは、映画とかでよく出てくる怪盗キッズが一番好きだったし。
「本物はオヤジが持ってるんだって」
ですよね。
怪盗の情報収集能力とかなくても見りゃわかるよね。隠してもいないし。
でも家宝を実用品にしちゃうのはどうかと思うな。
「お父様もあれでいて……、ん……」
うん?
言葉を詰まらせたミュラーの視線を追えば、廊下の先からメイドさんが走って来るのが見えた。
スカートで走るのか。
という感想よりもまず先に、その走り方に目が奪われる。
走るのに邪魔にならないようスカートの端をつまみ上げ、大事な場所は隠しながらも全力疾走。それでいながら背筋は綺麗に伸ばして上半身はおすまし顔でこっちに向かって来る。ぶっちゃけホラーだ。走り方独特すぎぃ。
てかあのメイドさん足早いな。
もしかしてこの家の従業員、みんな運動能力高いのか?
「ミュラー様! こちらでしたか!」
ミュラーを見つけたメイドさんはちゃんと私たちの前で止まってくれた。
止まるだろうとは思ってたけど、一応ね。万が一ミュラーの家に住む妖怪とかだったら困るし。
大丈夫。恐怖は顔に出てなかったはず。
んー。やっぱり運動得意そう。
だって走ってきたのにこの人、息乱してないもん。
これがうちのメイドさんたちだったら……いやこんな走り方絶対しないな。
それによく考えたら、私あの人たちが走ってるとこ見たことない。でも肉体労働者だし、体力はありそうだよね。
リンゼちゃんは走ってる姿すら想像出来ない。むしろ私が走らされそう。
「どうしたの? なにかあった?」
緊迫した雰囲気を感じ取って、おしゃべりは中断。
ミュラーが毅然としつつも優しく問いかければ。
「申し訳ありません! ミュラー様の御友人がおひとり、倒れられました! 喪神病の疑いありと!」
「なんですって!?」
またかよ喪神病。
いや実際にその患者に会ったことは無いけど、なんかいまいちピンと来ないんだよね喪神病って。前世にはなかった病気だし、そのぶん耳につくっていうか。
「急ぎお戻りを!」
「ええ!」
にしても、喪神病か……。
軽度のものでは数時間。長いものだと何十年もの間眠り続ける、治療法のない謎の病。
しかしうちにいる女神ちゃんが語ったその実態は、人から「悪意」を抜き取る際に起こる副作用。
正常な者から僅かな「悪意」を除くのであれば問題はない。
しかし、意識の大半が悪意に呑まれた者から「悪意」を抜き取るのなら、それは「意識」を抜き取るのも同じことだと。そう言っていた。
自然回復はする。
しかし、それがどれほど期待できるかといえば……。
……友人、か。
そう聞いて「カイルじゃなければいいな」なんて考える自分は、これだけの優しい人達に囲まれても未だに心の汚い人間なんだと自覚させられる。
でもいいんだ。
誰が倒れてたって、私が絶対治すから。
ミュラーの家では従業員含め全員参加の護身術の訓練をする日がある。
通称「剣の日」。
剣聖vsその他で行われる実戦形式の試合である。
もはや護身術のレベルじゃない。




