思い出の品
ネムちゃんが操ってた甲冑がミュラーのお父さんのものっぽい。
ミュラーがやっちゃったーって顔して「これ、直せたりしない?」ってダメ元風に聞いてきたんだけど。
本来円筒状であるはずの腕部がミュラーの一撃を受けて見事にべっこりへこんでる。剣が走ったとこには削られて線上に穴も空いてる部分まである。
どーみても鍛冶師さんの仕事でしょこれ、
なんで私とネムちゃんがこんなものを直せると思ったのか、不思議でならない。
……まぁ、直せるけどさ。
「これは難しいんじゃない?」
直せるとは思うけど、できるからってなんでもやるとは限らない。
私は何の変哲もない女の子。
ただちょっと身体が小さくて頭が良くて魔法も得意なだけの、ただの女の子なのだから。
「そう……よね。無理を言ってごめんなさい」
でも女の子の悲しそうな顔には弱いんだよねえ~~。
私って前世は女子学生だけど、その前の前世は英国紳士だったんじゃないかと思うんだよね。女の子には優しくしなきゃって気持ちが強いの。
とはいいつつ、単に美形に弱いだけかもしんないけど。ショタもなよっとしたお兄さん系も好きだし。
「一応、試してみようか」
だからついね。そんなこと言っちゃうよね。
我ながらチョロいとは思うんだけど、私を庇ってくれたミュラーがさっきからどうも、気になるというか。
今まで私から見たミュラーって「カイルの女友達で、私とも友達」ってカテゴリで、近いけど遠い微妙な距離というか、そんな感じだったんだよね。
でも今のミュラーを見てるとどうにも放っておけない感覚が湧き上がってくるんだ。
これはカテゴリ的にはカレンちゃんと同列。
すなわち「守って愛でて仲良くなって、私にだけ甘えてくるくらい懐かれたい」相手ってことだ。
だから本当は私の魔法のことはあんまり広めない方がいいと分かってはいるんだけど、つい甘やかしてあげたくなっちゃうんだよね。
……まぁ私の魔法のことなんて既にバレてるだろうし、今更感はあるけど。
「んと、ちょっと見せてね」
ミュラーに断りを入れて、損傷の程度を確かめる。
とはいっても正直、私にこんなものの修復技術もなければ知識もない。
私にあるのは女神様から太鼓判を押された独自の魔法。「願った事が叶う」魔法だけだ。
「……これはね、父の思い出の品なの」
私がどんな魔法で直すか悩んでいると、ミュラーがぽつぽつと語りだした。
「ほら、ここ。文字が刻んであるでしょ? これは父が若い頃。まだ小隊長だった頃に、友人に勝手に書かれたものらしくてね……」
ミュラーの話し口が暗い。
それだけでもう、推察できてしまう。
その友人が今はどこにもいないことを。
「本来なら自分の使う武具は自分で手入れをするものなのだけど、父は昔からそういった雑事を嫌う人でね。その友人にずっとやらせていたんですって。でもある時、この文字のせいでそれがお爺様にバレてしまって……。『これのせいで俺は親父にしこたま怒られた』って、懐かしそうに話してくれたのを覚えているわ」
わー……。うわー……。
そんなものを遊び道具にしちゃったネムちゃんって……。
ちらりとネムちゃんの様子を伺うと、いかにも「ふーん」って感じであんまり興味無さそうに聞いていた。
この鋼メンタル、見習いたい。
「じゃあ後で謝りにいかないとね」
っと、ほいできた。
思い出の品っていうからには実際に身につけることは無いだろうし、一目見て違和感がなければいっかなーと思ったけど、話を聞くにつれ大事なものっぽさが伝わってきたから途中で計画変更。
物質の時間を巻き戻すことで、完全に元の状態に戻すことにした。
ほいほい使わないように禁呪なんて言い方してるけど便利なんだもん。使っちゃうよね。
べっこりへこんでたのがたったの数秒で、それも音もなく元の状態に戻る様は違和感すごくてちょっときもかったけどね。
「これでいいかな?」
「え?」
はい、とミュラーに確認してもらおうとしたら、なんだか呆けていらっしゃる。
一応見られてないタイミングを狙ったけどやっぱり早すぎたよね。
それとも直す時にもうちょっとそれっぽい演出入れた方が良かったかな? 光らせたりとか。
「え……、……、と」
やめてー、そんなに見ないでー。
自分でも割と非常識なことしてる自覚はあるから。そんなに見られたら照れちゃいますよぅ。
「今……呪文が、なかったわよね?」
あ、そっちなのね。
「小声で言ってたよ?」
ということにしておこう。
呪文ってあれ、魔法に必須みたいに言われてるけど絶対余分な要素だと思うんだよね。
ソフィアさんはムダは省く性分ですので!
ネムちゃんの退屈値、上昇中。




