レニー視点:妹が欲しい
「ソフィアちゃん、かわいかったなー」
ボクは料理の手を休めずにかわいかったあの子のことを思い出してた。
ソフィア・メルクリス。
アイリス様の娘さんだ。
お人形のように綺麗な顔立ちなのに、話してみるととても感情が豊かでコロコロ変わる表情が愛らしい子だった。
ソフィアちゃんに会ってわかったことがある。
ボクは団のみんなによくからかわれる。昔からそれが不思議だった。
ボクが最年少だからか、女だからなのか、団長の娘だからなのか。そんなことが理由だと思っていたけど、あれはボクがソフィアちゃんをからかいたくなるのと同じ。愛情表現だったんだね。
ボクがソフィアちゃんほどかわいいなんて思ってないけど、からかいたくなっちゃうのはもう止められないかもしれない。
だって、あんなに可愛いんだもん! いろんな顔が見たくなっちゃっても仕方ないよ!
あぁ、また会えないかなー? 無理かなー? 貴族様だもんね。
でも、もしソフィアちゃんみたいな妹がいたら、毎日楽しいだろうなー。
一緒にお料理をして、たくさんおしゃべりをして、同じベッドで眠って!
うーん、夢が広がるね!
あっ、そうだ! 確か前に、お母さんが……。
うちではみんなが揃ってご飯を食べる。
お父さんの方針だ。
一緒に飯を食べたやつは仲間になる。らしい。
よくわからないけど、みんなで食べるご飯はにぎやかで楽しくておいしいよね!
だから何か頼みごとをするんだったら、気分の良くなるおいしいご飯を食べているときが一番だと思うんだよね!
「ねぇ、お父さん」
「…………なんだ」
さっきまでおいしそうに食べてたのに、ボクが声をかけた途端にムスッとしちゃった。なんでだろ? まあいいや。
「妹が欲しいんだけど」
「ぶはっ」
噴出す音が聞こえたので振り向いたらスワンだった。っていうか、スワンだけじゃなくて周りのみんなが変な反応してる。
スワンみたいに噴出したのかゲホゲホしてる人もいれば、机をバンバン叩いたり、お腹を抱えてゲラゲラ笑ってる人もいる。
他のテーブルで面白い話があったのかな?
お父さんへの頼みごとのあとで聞いてみよう。
「えっと、お父さん」
「いやいやいやいやお嬢。お頭固まっちまってますぜ!?」
「え?」
スワンに言われてみればお父さんは確かに動かなくなってた。
「おーい、お父さん? どうしたの?」
「どうしたのって……マジすか。お嬢マジすか。さすがっす」
「さすが我らのお嬢は格が違った」
「団長を一撃で倒せるのはお嬢と奥さんだけ!」
さっきまで変な空気だったのに、今度はやいのやいのと騒ぎ始めた。
何の話か聞いてみたらボクの発言が原因でお父さんが固まってるって。
「なんで?」
「なんでって、そりゃぁ……。え? お嬢まさか、子供がどうやってできるか知らない、なんてこたぁ……」
「レニーに何卑猥なこと言わせようとしてんだ!!」
「ぐぁっふぉう!」
「あ、復活した」
お父さんがスワンさんを殴り飛ばしちゃった。
卑猥ってエッチってことだよね? エッチなことはダメっていつも言われてるから今回もスワンさんが悪いみたい。お父さんが悪いことなんか滅多にないけどね。
「スワン、懲りないやつ」
「尊い犠牲だった」
「兄貴、見事な吹っ飛び方っス!」
暴力はあんまりよくないんだけど、男の人は乱暴なコミュニケーションが好きみたいだから慣れちゃった。ちゃんと手加減はしてるみたいだし。
それにしても本当、スワンさんは身体を張ったお調子者なんだから。
でも言われてみればたしかに、子供がどうやってできるのかって知らないなあ。今度誰かに聞いてみよう。
スワンさんが描く綺麗な放物線を眺めていたらお父さんが真剣な顔で迫ってきた。
「いいかレニー。そういうことは人前で言ってはいけない。せめて家族だけのときにしなさい」
珍しく饒舌だけど、妹が欲しいってことがそんなに大事なのかな?
「ダメだった? お母さんにお父さんに言いなさいって言われたんだけど」
ボクがそう言った瞬間、団のみんながわっ! っと大盛り上がりになった。
「お頭! お頭ぁ~! よかったっすねぇ、愛されてますねぇ!」
「俺なんか見ちゃいけないもん見てる気がする。顔が熱いわ。酒持ってこよ」
「頭、今日はアイゼンに泊まって来たらどうです? いやいや、お嬢はうちらで見てますから! 久しぶりの夫婦水入らずでも!」
あれ、これもダメだったみたい。やっぱりボクにはよくわかんないや。
「てめえら……。うるっせえ! あと頭って呼ぶなっつってんだろうがっ!」
「そんなこと言ってぇ、団長様? 顔がにやけてますよぉ」
「スワン! てめえはもっぺん寝てろ!」
またぎゃーぎゃーやりだした。
スワンに言われたとおりお父さんの顔は真っ赤だ。
妹が欲しい、っていうのは思ったより大変なことみたい。
お母さんがいつもと変わんないくらい普通に『お父さんに聞いてみて』って言うからもしかしたらって思ったけど、この様子じゃあ諦めるしかないかあ。
食事の場から宴会の場に変わった食堂を眺めて、ラウルさんと一緒に酒蔵に向かった。
山賊団の平和な日常