うごく鎧
「ソフィア! ソフィア!」
「やだもうオバケやだほんとやだ、やたやだやだヤーっ!!」
オバケは帰れ! 霊界に還れ!!
突然現れた動く甲冑に私達はパニック状態に陥っていた。
ガシャガシャと耳障りな音を立てながら這いつくばった状態から起き上がりつつある謎の動く甲冑。
完全に立ち上がる前に逃げなければ。と頭ではわかっているのに。
「はわ、はわわ」
はわわわわわわわ!
腰が抜けて立てないぃぃ!!
「ソフィア! 早く立って! こっちに!」
「あ、足が、動かなくて」
ミュラーが急かしてくるけどダメぇ、全然ダメなの! 足に力が入らない!
そうこうしている間に完全に体勢を立て直した甲冑は無言で私に近づいてくる。
暗い部屋の中。
床に腰をつけた状態から見上げる甲冑は本当に大きくて……。
「………………ひぃ」
あ、ダメこれ。気絶する。
体の力が抜け、視界が白い靄に侵食されていく。
このまま白い靄に呑まれれば、この悪夢のような状況から逃れられる。
そう理解した瞬間、意識を手放そうとして――。
「ァァアアアッ!!!」
ギィィンッ!
ミュラーの声と、甲高い衝突音を聞いた。
「やらせるか! やらせるもんかっ! ソフィアに手を出したいのなら私を倒してからにしてよねっ!」
眠ることを妨げるような大きな声で。
ミュラーが、なにかを……いや。
私を助けるために、声を張り上げて叫んでいた。
謎の甲冑から私を隠すように立ちはだかるミュラーの背中は、決して大きくはない。
けれどその頼もしさは本物だ。
心に感じる安心感はお兄様のものとはまた違うけれど。
少なくとも、ただ怯えるばかりではなく立ち向かおうと思える勇気は貰った。
「ミュラー、ありがと。私も協力、するから」
ひーん、でもやっぱり怖い。
勇気は貰ったけどまだ立ち上がれそうにないし、腕もぶるぶる震えてる。魔法が使えそうなのが唯一の救いかな。
「そう。でも無理はしないで」
どうしよう、ミュラーが格好いい。
油断なく前を見据えたままこちらをチラリとも振り返らない姿は、まるで物語に出てくるお姫様を守る騎士のようで、思わず弾んでしまった胸の鼓動を隠すのに必死だった。
あ、今気付いたけどミュラー剣持ってる。いつの間に。
いやそういえば最初から持ってたっけ?
すごい。ミュラーすごい。まさかこんな事態を想定して備えておけるなんて、剣姫の名はダテじゃないね! 構えもなんかカッコイイし、最高に様になってる!
「……来ないの? ならっ!!」
鋭い踏み込みと同時、剣を一閃。そしてすぐに元の位置に引いた。
狙いは左肩の付け根。
斬撃が効きづらいだろう全身甲冑の相手に対しての金属で覆われていない部分を狙った正確な切り込み。
カシュッと軽い音を立てて甲冑の左腕が断ち切られ、胴体から離れ床に落ちる。
しかし切られた肩から血が吹き上がることもなければ痛がる様子もない。
落ちた腕の肩付近、断面があるはずの場所には、ただ空洞が広がるばかりだ。
やはりこれは尋常の相手ではない。
攻撃がすんなりと通りはしたが、ミュラーの警戒心はより一層高まったようだった。
(……あれ?)
そこで、ふと違和感に気づいた。
ミュラーの前に立つ甲冑に中身がないことは確認できた。
しかし私は、声を聞いている。
甲冑の上げた意味不明な声だけじゃない。
それよりも前に、誰かの呼吸を。息を潜めた人間の存在を確かに感じていたのだ。
(――生体感知、反応無し。魔力感知、反応――あり!)
三度調べても結果は同じ、と思いきや。
動く甲冑に強い魔力が集まっている反応がある。
これはオバケが動かしてるんじゃない。誰かが魔法で動かしてるんだ!
私が動かす戦乙女様なんかとは比べ物にならないほど非効率な魔力運用。それに加え、魔力の流れを一切隠す気のない物理にすら頼った魔力の送信方法。
甲冑の左足から伸びるその魔力の元を辿れば、この魔法を使った人物の居場所が……そこだぁっ!
「フェル!」
「キュウッ!」
服の袖の裏側に密かに常時発動している小型アイテムボックス。通称、フェレットの巣穴からフェルを呼び出し、念話を使って目標の位置を知らせる。
「(無力化して!)」
「ひにゃあ!」
伸ばした腕から弾丸のようなスピードで飛び出したフェルはそのまま目標である棚の陰に突っ込み、その直後、可愛らしい声が上がると同時に生体感知・魔力感知の両方に新たな反応が増え。
ガラガラガッシャン!
ミュラーと相対していた甲冑も崩れ落ちた。
「やったの!?」
「たぶん!」
っていうか、未だにドキドキしてちょっと興奮気味ではあるけど、この魔力の反応って……。
「ミュラー、確認してきてくれる?《光よ来たれ》」
「……わかったわ」
危険はなさそうなので、光源を用意しつつミュラーに確認をお願いした。で……その間に、私は立ち上がる準備を、っと。
そして慎重に覗き込んだミュラーが見た犯人の顔は。
「……え!? ネフィリムさん!?」
予想通りの人物だったようだ。
オバケに怖がって。腰を抜かして。下半身に力が入らなくて。
それでお友達をにおいの届かない範囲に遠ざけてる間に、立ち上がる準備を。
ほー、ほほー。そうですか。魔法って便利ですね。




