豪腕の姫の復活
カレンちゃんの魔力を整えた後、二人はまた距離を取って相対した。
さっきまでと違うのは、ミュラーに対峙するカレンちゃんがものすっごい不自然な動きをしてることと、観戦組であるカイルが私たちの方にいること。
男子二人と仲良くおしゃべりーなんて誰得な状況だけど、女の子組に混じって剣を振りたいとも思わない。入った瞬間ミュラーに襲われる自分が見える。君子は危うきに近寄らないのだ。
実際、見てるだけでも十分に楽しかった。
「よくわかんなかったんだけど、体内の魔力ってのを動かすとあんなんになるもんなのか?」
「ミュラーもだいぶ戸惑ってるみたいだな」
「そうだねー」
二人が言っているのは見るからに危なっかしい動きをしているカレンちゃんのことだ。
マッサージ前までは素人のチャンバラ程度の動きはできてたのに、今のカレンちゃんときたら酔っ払いが酒瓶振り回してるみたいだもんね。
振り上げた剣の重さに釣られてバランスを崩したり、かと思えば何もない所でつまずいたり。ひどいもんだ。
「今まで変な癖がついてたからね。カイルで例えるなら体重が今の半分になって、んー、右手を動かそうとしたら右腕全部が動く感じ? が近いかな?」
「はあ? そりゃまともに動けないな」
「そんなになのか。でもさっきは普通に歩いていただろ?」
「力を入れなければ平気なんだよ」
今までは力を入れたら入れた分だけ身体強化の魔法になってドーン! と発散されただけだろうけど、今は腕にもちゃんと魔力の流れがあるからね。
偏ってた魔力も大分減ったし、今まで通りにドーンと力を注いでも流れがドーンと速くなるだけ。思った通りの力は出ないだろう。
なんなら自分で増やした魔力の流れる感触だけで自滅してそう。
本当は日常生活に支障が出ないようにもっと段階を踏んで治すつもりだったんだけど……。あんまりにもいい声あげてくれるもんだから、つい調子に乗っちゃったよね。反省反省。
今度お詫びに手作りお菓子でも差し入れようかなーなんて思いながら、カレンちゃんの奇っ怪な動きを三人で楽しんでいると、ふとある異変に気付いた。
……いや、異変っていうか、むしろ正常な……あれ?
「もう慣れたのか?」
「動きが良くなったな」
嘘でしょう?
さっきまで一人でふらふらしてたカレンちゃんが、もうミュラーに普通に打ち込み始めてる。
私も自主練の一環で低魔力状態で動いたりとかしたことあるけど、魔力が潤沢な状態で動くのとは感覚が全然違うんだよあれ。
そんなすぐ慣れるような生易しいものじゃなかったと思うんだけど……できてるね?
かと思った矢先、二人は何事かを話し、カレンちゃんはふと身体の力を抜いた。そして見上げた視線の先には。
「あ」
「おー」
「ミュラーの《加護》だな」
打ち合いを止めたミュラーが、空に飛ぶ斬撃を放っていた。
いつ見てもファンタジーだなあ。
私あれ好き。光が飛んでくの綺麗なんだよね。
剣戟の音が止んで静かになった場に、やがて二人の声が聞こえてきた。
話の流れから推察するに、どうやらカレンちゃんが加護の使い方について聞いているみたいだった。
「そうねぇ、《加護》のコツと言っても難しいのだけれど。私の場合は剣を握って『もっと強くなりたい!』と願えばできちゃうから」
ミュラーがなんかすごいこと言ってる。
これだから天才は困る。
それでできたらクラスの男子達はみんな《加護》を使い放題で、剣術の時間が楽しい楽しい環境破壊の時間になっちゃう。そんな特別クラスは嫌だ。
「……そうなんだ」
ほらカレンちゃんだって、そんか根性論的なの言われても困っちゃ……あれ? 案外やる気っぽい? もしかしてカレンちゃん、意外と熱血系だったり?
「もっと、強く」
もう完全にやる気だね。
ったくもー、カレンちゃんってばさー。
普段は気弱風でさっきまで「ひにゃあああ」とか言ってたくらい弄りがいのある子なのに、やたら頑固で意思は絶対曲げなくて、しかも熱血属性まであるって、それもうとっても主人公キャラっぽいよねー。これから熱血マンガでも始まりそう。
過去を乗りこえた少女が剣姫の元で修行する展開なんて正にありがちじゃない?
ほらちょうど、あんな感じの、格好いいポーズの見開きで――。
「……戦う、力を。【豪腕】の名に相応しき、《力を》!!」
構えた剣を、ブオンッ!! と一振り。
斧でも振ったのかと思わせる豪快な風切り音と共に、空に向かって飛び去る斬撃。
……えぇー、一発成功? うそでしょー……?
ああぁぁ、もう……これだから天才は困る。
何が困るって、その飛ぶ斬撃? それをどこかの誰かさんが何年も頑張って習得しようとして、未だに身体強化すら出来てないって現状を知っちゃってるから困る。
あーあ、もう。
ウォルフのフォロー誰がすんのよ……。って、あれ?
「嘘、だろ……。俺でもあんなの出せたことないのに……」
えー……カイルも?
いや、もう……ええぇー……?
才能がありそうな好敵手の誕生に、剣姫様は目をギラつかせた。




