魔物をペットにしよう
「捕まえたぞっ!」
ぐあっと持ち上げられた手には長い身体をくねらせて暴れるフェレット。
捕まっててもかわいい。
じゃなかった。かわいいけど助けないと。
「お父様、可哀想です。離してあげてください」
「キュウ! キュイィィ!」
首の辺りをぎゅっとわしづかみにされていて見ているだけでも痛ましい。
なんとかしてあげたい。
「ん?」
足をくすぐる感触に視線を降ろすともう一匹のフェレットが擦り寄ってきていた。
とりあえず抱き上げる。
胸元で抱くと、指先を舐め始めた。
本当に何してもかわいいな。
必死に舐めるのはかわいいけど私の指は餌じゃないよー。あとお前さんの相方がピンチだよー。と舐められるままにしていたら、腕に変な感触がした。
なんだろう? と思ったのとお父様の声が上がるのは同時だった。
「ん? あ、あれ?」
声に反応して見てみれば自分の手を不思議そうに見ているお父様の姿が。
そしていつの間にか私の足元にいるのはお父様に捕まっていた個体だろう。
もう一匹は変わらず私の腕の中にいる。触っていたらさすがに分かる。この子は動いてない。
鎌鼬の能力、不思議すぎ。
「ソフィア?」
自分の身体を見回して探していたお父様が、私に縋りつくフェレットに気づいた。
足に纏わりつかれると踏みそうだし抱き上げておこう。
お父様に何か物言いたげな視線で見つめられているけど、何を聞かれているのか分からない。
なんだろう。
今のは何? かな。それとも、それが魔物なのか? かな。
まぁなんでもいいか。適当に答えとこ。
「えっと、こんな感じなんですけど」
腕の中のもふもふを撫でながら返事をしたら思った以上に適当な返事になった。
だが他になんと言えばいいのだろうか。私だってこの子達のことは分からないことのほうが多いくらいなのに詳細な説明を求められても困る。
ネックになってる安全面だって勘としか言いようがないのだ。
初めて魔物を見たときに感じた恐怖、嫌悪。本能が全力で拒んでいたあの感覚が、この子達からはしない。
魔物の定義は知らないけれど、私の本能がこの子達は安全だって言ってる。
根拠はそれだけ。
人を納得させられないのは理解してる。
けど、分類上魔物のこの子達は私が保護しなければ即処分される。それは、嫌だ。
見た目がかわいいからっていうのもあるけど、多分、私のせいで生まれた命だから。私が守らなくちゃって母性みたいなものがあるんじゃないかと思う。
意図していない事とはいえ、私のせいで生まれたかわいい生き物が殺されるのは認められないよね。
腕の中のぬくもりは、確かにここにあるんだから。
「お父様、ペットとして飼うことを認めていただけませんか?」
意思は固まった。絶対に認めさせると。
なんのことはない、当初の目的を果たすだけのことだ。
享楽的な理由が責任感に変わっただけ。それにしたって、この世界には娯楽が少ないんだからペットくらい許してくれてもいいはずだ。いや、許すべきだね。うん。
「アイリス、あれは魔物なのか?」
「元魔物なのは確かですが、今は動物に近いように見えます」
「だよな? 魔力無いよな」
この子達に骨抜きにされてたお母様が復活して何事も無かったかのように理知的なこと言ってる。
てゆーか魔力ないらしい。お父様、貴方も魔力測定できるのか。眼鏡か、その執務用眼鏡が測定器なのか。
「でもさっき俺の手から逃げたのは魔法じゃないか?」
「恐らくソフィアの魔力を使ったのではないかと。ソフィアの魔力から生まれた魔物ですから、可能ではあるでしょう」
昨日今日と醜態を晒したお母様が頭良さそうに話すのがなんか面白い。
よくよく見れば耳がちょっと赤い気もする。あれが表情を隠すという貴族の技か。
「それは危なくないか?」
「この大きさでは大した魔法は使えないでしょう」
話は飼う方向で進んでいる。
いい流れではあるけど、長い。
「お父様、危なくないと分かってもらえましたよね。飼ってもいいですよね?」
「いや、だから今それを話し合って」
「飼いますから」
「いや、だからな、」
「飼・い・ま・す・か・ら」
「…………アイリス?」
「まぁ、大丈夫でしょう」
徹底抗戦の決意を固めたのに肩透かしを食らったとか思ってない。思ってないから恥ずかしくもない。
決めることはパッと決めて、難しいことは大人に任せよう。私子供だもーん。
「ありがとうございます。では、私は部屋に戻らせてもらいますね」
部屋に戻ってかわいいかわいいフェレット達と戯れよう。うん、それがいい。
――ともあれ、こうして私達に新しい家族ができた。
果て無き暗闇から救ってくれたご主人に懐くペット達。人これをマッチポンプと呼ぶ。




