死に急ぐ男
ミュラーが過去に私のことを「ソフィア様」と呼んだ事件があった。
その真相はともかく、みんなの認識では「そういえばそんなこともあったね」程度の、何事もなく収束したはずの話。
ただそれだけの話にカイルがめっちゃ食いついてきた。
「え? ソフィア、ミュラーに勝ったのか!?」
しかも曲解して。
ミュラーに様付けで呼ばれる=ミュラーに勝った、の図式はカイルにとって自然なものであるらしい。
「勝ってない勝ってない。剣姫なんて凄い称号持った人に勝てるわけないじゃん」
というか私の腕前はカイルが一番よく知ってるでしょうに。
魔法の補助なしじゃカイル相手でも一撃凌ぐのがやっとだよ。剣姫様相手とか無理無理のムーリ。
何アホなこと言ってんのと否定するも、カイルには既に確信に近いものでもあるのか、こっちの言うことなんか聞いちゃいなかった。
「そうだ、思い出したぞ。友達なんて剣術の練習台くらいにしか思ってないはずのミュラーが、ある日を境に急にお前への態度を変えたんだ。どうせまた変な菓子か玩具で買収したんだと思って気にしてなかったけど、あれ実はそういう事だったんだな! こっそり勝負して勝ってたんだろ! 剣とウォルフ以外に興味の無いミュラーが女と仲良くしだすなんて、なんか変だと思ってたんだ!」
「「……へえ」」
おおう、ミュラーと被った。
失礼なカイルにまたお仕置きが必要かと思ったけど、静かに怒れるミュラーを見て我に返った。剣鬼ちゃんこっわ。
浮気中のウォルフを見るようなハイライトの消えた瞳も怖いけど、指でトントンと弄ばれてる獲物が特に怖い。いつから持ってたのそれ。
いくらカイルとはいえその金属製の剣でどつかれたら流石に死ぬんじゃないかな。いやミュラーだってそれくらいはわかって……わかってるよね? 大丈夫だよね?
いざとなったら命くらいは守ってあげるつもりだけど……それにしてもカイルって、私以外にも毒吐くんだな。少し意外かも。
カイルは昔から女の子にはモテてたし、ご婦人方の評判も悪くない。むしろ良かった。
高めの顔面偏差値が大きな理由だろうけど、外面も相応に良い方のはず。本性はあんななのに。本性はあんななのに!
つまり本性を見せても構わないと思うくらいミュラーには気を許してるってことなんだろうな。少なくとも、私と同じくらいには親しいと。
カイルに私以外の、それも女の子のケンカ友達がいたとは知らなかった。と同時に、ヤツの妙な打たれ強さはそのせいかと納得いく部分もある。
でもそれにしたって……喧嘩は相手と、時と場合を見て売ろうよ。
ミュラー、今武器持ってるんだよ? 命が惜しくないのかコイツ。
しかしカイルは私の心配やミュラーの不穏な空気にも全く気付く様子はなく、それどころか「謎は全て解けた!」とばかりに軽くなった口でぺらぺらと続きを垂れ流す。
「どうせアレだろ、ミュラーに頭割られた仕返しに卑怯な罠仕掛けたりとかしたんだろ。んで真面目なミュラーが『不意打ちだろうと負けは負け』とか言ったんだろ。お前やたらと悪知恵働くし、ああいうの根に持って絶対仕返ししてくるもんな」
ああ、心配とか不要な勘違いしてごめんねカイル。
ただの自殺志願者だったんだね? それならそうと言ってくれればいいのにー。
ミュラーが剣で殴打するなら私はどうしようかな。逃げられないように足でも固定しとけばいいかな? いっそ頭だけ残して全身埋めるか。
「か、カイルくん……あやまった方が……、すぐに……っ!」
おやおや、カイルったらやさしーいカレンちゃんを侍らせちゃって。
でもカレンちゃんがカイルを掴んでると、カレンちゃんまで怪我する可能性もあるかな?
よろしい、カレンちゃんが離れた時がお前の最期だ。
カイル「喉に引っかかってた小骨が取れた感じ」
ソフィア「遠回しに『殴られたい』って頼まれた感じ」
ミュラー「ソフィアが怖い」
カレン「ここにいるの怖い……」




