八つ当たりされる犬
マーレが遂にカイルから興味を失くした。
なんでも友達と廊下でおしゃべりしてた時に、普段は世界に胸を張って生きているようなヒースクリフ様がなんだか物憂げにしている様子を目にしてしまい、庇護欲がばっちり刺激されちゃったらしい。
会えない時間が恋を燃え上がらせるっていうけど、それにしたって学院に入ってからのマーレとカイルには全然接点なかったもんね。夏のパーティは学院の知り合いとの交流がメインだったし。
……まあ、マーレとヒースクリフ王子なんてカイル以上に接点ない気はするけど、それをわざわざ口に出す必要は無いだろう。
マーレ、恋に恋する乙女である。
一方、私のカイルに対する認識は変わらない。
悪友というか、幼なじみというか、腐れ縁というか。
今でも偶にお父様の元にカイルの父が訪れては一緒にお酒を飲んでたりするのは知っている。
これがまた良い人で、お父様の愚痴を延々聞かされても嫌な顔ひとつしない人格者なのだ。我が家のお父様が毎度ご迷惑かけます。
ただ、まぁ。さすがに私達ももう子供ではないし、気難しいお年頃ではあるので。
以前のようにカイルを連れてくるようなことは滅多になくなっている。
私とカイルの間に距離ができていたのは事実だ。
以前と比べて、共に過ごす時間は確実に減った。
そして思春期という特別に貴重な日々を過ごす少年少女にとって「共に過ごす時間が減る」というのは、人と人との関係を変えるのに十分な条件であったらしい。
飼い犬に手を噛まれる、というのとは違うのだろうけど。気分としてはこれが近い。
これまでいくら追い払ってもまとわりついて来て尻尾を降っていた犬が、気付いたらいつの間にか、少し距離を取るようになっていた。そんな感じ。
別に寂しくとかないし。
ちょっと面倒な時もあったから、相手の迷惑にならない適切な距離を置けるようになったのは成長だね! 偉いぞ! とか思ってたのに。
リチャード先生に上がった成績を褒められた犬が自慢げな顔して向かって来た時、なんだかこういうの久しぶりだなと感じるのと同時に、たまには憎まれ口だけじゃなく素直に褒めてあげようかなって思ったのに。
「どうだカレン、見ろ! 成績上がったぞ!」
彼のお目当ては私の隣に座るカレンちゃんだったようで。
なんと私、無視されました。
いや無視というか、そもそも私の方に来てたってのが独り善がりな勘違いだったというか、私が勝手に思い込んでただけの話ではあるんだろうけど。
この取り残された感? 肩透かし食らった恥ずかしさ?
仕方なく相手してあげてる気でいたら、相手の眼中に入ってもいませんでしたって?
今まで嫌がっても絡んできたのに、離れる時はこんなにスっと離れられるんだ。へぇー、知らなかったなぁー。
「うん……。良かった、ね」
それで? 次の標的はカレンちゃんですか?
そうだね、カレンちゃんは私と違って素直で可愛いもんね。
私みたいに口も悪くないし、お淑やかだし、性格ブスじゃないもんね。普通にいい子だもんね。
別にィ? カイルが誰と仲良くしようが関係ないですけどォ? 誰にまとわりついて嫌われようが関係ないですけどお。
とりあえずカイルには八つ当たりしようと心に決めた。
そーゆーとこやぞ。
ソフィアの性格が良くなる日は来るのだろうか……。




