『先生』視点:たのしかったから
心は決まった。
結論が先に出てしまえば、結局アネットの言う通り。
これが私にとっても最良の選択なのだと思う。
「……ええと、内輪で揉めてごめんなさい。謝罪の気持ちは受け取りましたから」
話がしやすいようにと椅子を勧めながら、頭の中で話す順序を整える。
謝罪の態度を見るに、あれはソフィアの人生において類を見ないレベルの謝罪だったはず。すなわち彼女の罪悪感はそれほどに大きいという事だ。
先ずはそれを軽減しよう。
「こちらの事情をお話する前に、私の方からもこれだけは言わせて下さい。私は、貴女が私の身体を使っていたことを責めるつもりはありません。むしろ感謝しているくらいです」
「ええ!?」
ん? 思ってた反応とちょっと違うな。素直に驚く、か。
ソフィアのことだからもっと自分の中で悪い方に煮詰まってて反応も薄くなるかと思ったけど、もうその段階は超えたのかな。謝罪の途中でアネットが邪魔したのが良い方向に働いたのかもしれない。
これなら話も早く済みそうだ。非常に助かる。
「貴女の中にいた頃は今ほどはっきりとした自我はありませんでしたが、それでも意識のようなものはずっとありました。私の話し方や思考が貴女に似ているのはその為だと思います」
私が話す間、ソフィアは真剣な顔で黙って話を聞いていてくれる。
やばい感動しそう。
アネットに話した時は「それって寝ぼけてたみたいな感じ?」だとか、気になったことがあればすぐに口を挟んできたし、挙句には「それ長くなりそう? ならお菓子食べながらでもいい?」なんて言われたこともあったね。ホント、何度話を脱線させられたことか。
その点ソフィアはいい。元が私と同じなだけあってとても話しやすい。
ただ、もちろんソフィアに対する好感情はそれだけが理由ではない。
「そして貴女は……私にいろんなものを見せてくれた。それはきっと、貴女がいたから見ることが出来た光景。私は自分の境遇を不幸だと思ったことはありません」
改めて言葉にしたことではっきりと自覚する。
そうだ、私は自分が不幸だなんて思ったことは無い。そんなことは考える暇もなかった。
ソフィアやアネットと共に過ごした日々はただただ楽しくて、いつまでだって続けばいいと思っている。間違いなく幸せだし、幸せだったと言える。
「だから私は、貴女に感謝を伝えたい。ありがとうソフィア。私の元に来てくれて。ありがとう、アネットと出逢わせてくれて」
(私もありがとーソフィアちゃん! 先生くれてありがとー!)
ねぇいい加減モノ扱いやめてくれない? そもそもソフィアに聞こえてないし。
あと雰囲気とかさぁ、もうちょっと感傷ってものをだね……はぁ。台無しだよもう。
……えーっと、あとソフィアに何言おうと思ってたんだっけ。
あ、そうだ。
これだけはちゃんと伝えないとね。
「その身体はこれからも貴女が使ってください。それと、貴女はちゃんと自覚するべきですよ。貴女がいなくなると悲しむ人がいる事を。ソフィアの外見に惹かれたわけじゃなくて、貴女の人柄に惹かれて好きになってくれた人がいるんだって事を」
ふうすっきり。ずっと言いたかったんだよねこれ。
ソフィアっていつも明るいけど、あれってソフィア自身がそうあるべきって自己暗示かけてるみたいなものっていうか、実際かなり無理してると思うんだよね。だから反動で、たまに捨て身になっちゃうんじゃないかな。
しかも普段演じてる性格が多分、ソフィアの本当のお母様の――あ。
(あ?)
アネットに、考えてること伝わるんだった……。
………………あの、アネット。今私が考えてたことは、ソフィアさんのとても繊細な部分だから、決して本人に伝えちゃダメだよ? なんなら今すぐに忘れてくれない?
(ふーん? へー、先生が私にお願いするくらい大事なことなんだ?)
今そーゆーのいいから。
……ああ失敗した。
いつもはアネットが他のことに夢中になってる時だけ考えるようにしてたのに、なんで今日に限って……。
どうしよう、ソフィアに申し訳が立たないよう……。
(そ、そんなに焦んないでよ。嫌なら言わないって)
本当にお願いね? 絶対だよ? 絶対やめてね?
(分かったって。私にとってはソフィアちゃんの秘密よりも、先生がソフィアちゃんのことお母さんみたいに思ってるって事実の方が何倍も楽しい情報だし♪)
ぐっ、そ、それも言わないでね! それ言ったらあれだよ! アネットが実はお父さん大好きなのも本人に言うからね!
(やぁめぇてえぇぇぇ!!! 言わない、言わないからっ!)
「分かった。肝に銘じておくね」
あっ、ソフィア!? か、顔赤くなってないよね? 大丈夫だよね!? っていうかなんの話してたっけ!?
ああもう、アネットが邪魔ばっかりするから!
……とりあえず笑顔で誤魔化しておこう!
獣(フェル&エッテ)ですら大人しくできるというのに、アネットさんときたら……。
珍しく先生の優位に立てるから楽しいんでしょうね。




