『先生』視点:アネットのターン
私が、本物のソフィア。
そんなの考えたこともなかった。
まともに受け答えができているのだって決して冷静な訳ではなく、ただ単に頭の中が真っ白になっているだけだった。
目の前で真摯な謝罪を繰り返すよく見慣れた、でも今では少しの懐かしさを覚える姿をしたあまりに優秀な少女ソフィアも、実は私の体を使っていただけの、私と同じ精神だけの存在だという事実。
告げられた言葉の衝撃は大きく、理解に時間がかかるのも当然で、だからこそ私は彼女の暴走を止められなかった。
「ダメダメ、認められません! 先生を連れて行かれたら私生きていけないから! 間違いなく死んじゃうから!」
気付いた時には身体の制御は奪われて、アネットが四つん這いになってソフィアに訴えかけているところだった。
……目線を合わせる為とはいえ、相手を立たせるのではなく自らも跪くあたりが実にアネットらしい。
「それにほら、先生って今私の中にいるわけだし? 言わば私の所有物っていうか、私のモノって事で、そう! それを勝手に連れていこうなんて、それって泥棒ですよ! いけないことなんですよ!?」
なんだか酷い言われようだ。
私はいつからアネットの所有物になったんだろう。そして完全にモノ扱いか。いいんだけどね別に。
これでもアネットの為を思って色々やって来たつもりだったけど、アネットはそんな風に思ってたんだね。ふうん、そっかぁ。へー、そうだったんだー。
「へぇ!? いやあの、そのあの」
いいよいいよ言い訳なんてしなくても。
どうせ先生さんはアネット様の所有物ですよー。
「うぅぅ、とにかくっ! 先生連れてくのは、絶対ダメーっ!!」
はい、その熱い想いはよぉーく伝わりました。……で、叫んで満足したかい?
満足したならまた身体貸して欲しいんだけど?
「ヤダ」
……ヤダって。そんなアネットさん、子供みたいな。
「だって身体貸したらまた、ソフィアちゃん泣かせるんでしょ」
泣かせるとかじゃなくてね、きちんとした話し合いをしてお互いの情報を擦り合わせた上で――。
「だって! 先生言ったもん! 今が楽しいって! ソフィアちゃんだって楽しそうだったって! だったらそれでいいじゃん! みんな楽しい今のままでいいじゃん!!」
それは……そうかもしれないけど。
……あれ? 案外それもありか? ちょっと待ってね。
でもソフィアの身体が実は私のモノだったってことは私は本来あそこに納まるべきで、現状維持のリスクが……代わりに彼女がアネットの中になんてことが出来たとしても……うーん。
「先生は頭が良いからきっと考えすぎるんだよ。元々自分の身体は無いと思ってたんでしょ? なら無いままでいいじゃん」
まあ確かに現状で困ってはいないけど。
「そういうわけにはいきません!」
「あ、ソフィアちゃんごめん、ちょっと黙っててくれる? 私二人と同時に頭使いながら話すとかできないからさ」
う、うわぁ。
なんて斬新な黙らせ方するの。ソフィアびっくりして固まってるじゃん……。
いやでも、ねぇ。それでもそうすっぱり割り切れるもんじゃないってのは分かるでしょ? 流石のアネットでも分かるよね?
「大体そーやって普段からバカバカ言ってる私の身体すらいちいち確認してからじゃないと乗っ取らない先生が、本当にソフィアちゃんの精神追い出してまで身体欲しいの? 後悔しない?」
う……、それを言われるとツラい。
アネットに言いくるめられてるみたいで癪だけど、珍しく話に筋が通ってる。
一考の余地があるというそれだけでもアネットの案を採用してあげたくなるけど、でもなぁー。
アネットも、私の未来とかソフィアの今後がどうでもいいなんて思ってないのは分かる。分かるんだけど、それにしたって大部分が私欲なんだもんなぁ。
アネットが素直にソフィアを案じてるだけなら私だってこんなに悩まなかったんだろうけど、心で思ったことが伝わることの弊害がまさかこんな形で出るとは……。
だってこの子、さっきからずっと「先生がいなくなったらお菓子は誰が作ってくれるの! 授業で指された時の答えは! 怒られた時の言い訳は! 今更ご褒美も先生もいない生活なんて絶対無理!!」とか考えてるんだよ? 私は腹芸が出来るようになったことを褒めればいいのかな。
「全く……本当にアネットは」
あ、声が出た。
身体を貸してくれる気になった……というか。そうだよね。私の考えてること、分かるんだもんね。
(先生、ソフィアちゃん泣かしたフォローちゃんとするんだよ!)
あはは、了解。
そういえばソフィアもよく言っていたっけ。
「かわいい女の子には笑顔がいちばん」だって。
「……泣いてませんからね?」




