DO・GE・ZA
「改めまして。この子、アネット・ミスタージャに取り憑いている者で、彼女からは『先生』と呼ばれています」
先程まで感情のままに振舞っていた人と同一人物とは思えない丁寧な物腰で、彼女は深く頭を下げた。
その急激な態度の変化と「取り憑いている者」という言葉。
「そしてこの子に憑く前には、ソフィアさん。貴女に取り憑いていました」
やはり、彼女こそが本物の……ん?
私に取り憑いていた?
「あの……もしかして誤解があるのではありませんか? 私が、貴方。つまりソフィアに取り憑き、身体を乗っ取っていたと聞いているのですが」
「え? え、聞いている、ですか? 誰に?」
「女神様にです」
「……女神?」
きょとんとされていらっしゃる。
まあ急に女神なんて言われたら誰でもそうなるよね。これは一から説明せざるを得ないかな。
私が何故ここに来るに至ったのか。
少し長い話になりそうだけど、なんとか短くまとめてみよう。
「あの、順を追って説明しますね」
「先ずは私の状況をお話した方が良さそうですね」
そう思って口を開けば、なんと被った。
なんとも気まずい空気が漂う。
「あ、ではそちらが先に――」
「先にそちらの話を――」
そして再度、同時に口を開いてしまう。
暫しの沈黙。
やがてお互いの顔を見つめ合い、どちらからともなく小さな笑い声が上がった。
「……初めに私が、女神様と話した内容。それと貴女に逢いに来た理由を話します。その後そちらの話を聞かせてください。構いませんか?」
「はい、それでお願いします」
クスクスと上品に笑う彼女。話が早くて助かる。
そうと決まれば早く話してしまおう。
私は貴女に、謝る為に来たのだと――。
「――では私こそが本来のソフィアであって、貴女は別の世界に前世を持つ別人の魂でありながら、今まで私の身体を使って生きてきたと。そういうことですか?」
「……はい」
改めて言葉にすれば、自分の犯してきた罪の重さを思い知らされる。
知らなかったで許されるものではないし、許されるつもりもない。
他人の人生を奪う。
それは前世で殺された過去を持つ私が、最も嫌悪する行為だから。
「――本当に、ごめんなさい。貴女の人生を台無しにしてしまって」
跪いて、手を床に揃え、頭を垂れる。
自慢の銀髪が汚れるのも構わずに、深く。深く土下座をした。
「謝って済むことだとは思っていません。私の全てで贖うつもりです。それでも、まずは謝らせて欲しい。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
彼女は今どんな顔をしているのだろうか。
私を蔑んでいるだろうか。私を憎んでいるだろうか。それとも、よくそれだけの事をしておいて顔を出せたものだと呆れているだろうか。
あるいは、突然の告白に驚いているだろうか。事態の把握に眉を寄せて考え込んでいるかもしれないし、私に掛ける言葉を探している、なんて可能性、も……。
……この期に及んで、私はなんて図々しいのだろう。
許されたくないと言いながらも赦される未来を想像するだなんて。
――本当にどこまでも、烏滸がましい。
強く噛んだ下唇に痛みが走った。
自傷なんて自分が楽になる為だけの甘えた行為だと理解していながらも、その誘惑に抗えない。そんな自分の弱さを厭わしく思う。
独り善がりでは意味が無い。
贖罪をするならば、真に相手の望みを知らなければならない。
「貴女が望むのなら、私は今すぐに消える用意があります。この肉体に貴女が戻り、ソフィアとしての人生をやり直したいと望むならそのサポートも――」
「ちょっと待ってちょっと待ってぇっ!! 困るっ、そんなの急に言われても困るよ!」
ただ粛々と進む懺悔の言葉を無理矢理に遮ったのは、彼女……ではなく。この感情剥き出しの態度は宿主さんかな?
確か名前はアネットさん。
言ってはなんだが、たまたまこの場に居合わせただけの部外者だ。
「あの、アネットさん。申し訳ありませんけど、私は今『先生』さんとお話を」
「ダメダメ、認められません! 先生を連れて行かれたら私生きていけないから! 間違いなく死んじゃうから!」
え、ええー……。そんなことを言われても……。
「それにほら、先生って今私の中にいるわけだし? 言わば私の所有物っていうか、私のモノって事で、そう! それを勝手に連れていこうなんて、それって泥棒ですよ! いけないことなんですよ!?」
とにかく絶対ダメーっ! と腕を交差させてバツ印をつくるアネットさん。
なんだかスゴい事を言ってるけど、彼女がソフィアさんの魂を手放す気が無いことはよーく分かった。
とはいえ、うーん……どうしたものかなぁ。
ソフィアは悲劇のヒロインな自分に酔ってるとこあるよね。
普段の能天気の反動かな。




