行方が見つかった魂視点:アホの子
涙。
それは人を想って流れた、綺麗な涙だった。
ああ、やっと想いが通じたのか。
今までの努力は無駄ではなかったのか。
そんな万感が詰まった涙だった。
大人である彼が涙を見られるのも厭わず、ただ一人の少女を想って言葉を紡ぐ。
「これで、お前もみんなと同レベルになった……。もう勉強で着いていけず、辛い思いをすることもないんだ……っ!」と、くしゃくしゃになった顔に笑顔をのせて。
先生すみません。
感動してるとこ悪いけど、その子勉強方面ではあんまりツラい思いとかしてなかったよ。当然のように諦めてたからね。
◇◇◇
とはいえ、流石に大人に泣いて喜ばれたことで少しは反省したようで。
なんとあの勉強嫌いのアネットちゃんが、補講の為わざわざ休日に学院に登校するという珍事が発生した。
学院に行くとアネットが告げた時の両親の驚く顔は実に見物であった。
とはいえ実際に勉強するかはまた別問題であるらしく、アネットは学院に着いた時点で力尽きて今は机と一体化し、ひたすらにグダグダしていた。
「ねー、せんせーが勉強できるんだから私ができなくてもよくない?」
これだもんなぁ……。
先生が流した涙は無駄になりそう。
この子に勉強させるには、一生目の前に餌をぶら下げ続ける他ないんじゃなかろうか。
「えへへぇ、餌は美味しいお菓子がいいなぁ」
餌呼ばわりも全く気にしてないし……。
出会った当初よりかなりダメ人間度が上がってる気がする。
「はいはーい。どうせせんせーに比べたら私はダメ人間ですよー」
いや、他の学院生に比べても大分……ううむ、これ私も悪いんだよなぁ。
いくらアネットが今世紀最大のアホの子だとしても、本人に「お前はバカだ。ダメなやつだ。勉強ができない子なんだ」なんてやる気を削ぐようなことを言いまくっていたら、深層心理に「ああ、私は何をやってもダメなんだ」と無意識に刷り込まれ、結果無気力になってしまうのも当然だ。
ただでさえ人の意見に流されやすい主体性のなさと放っておいても自らダメな方向に突き進むという全く誇れない天性の才能が奇跡のコラボレーションを起こして学院史上類を見ないお馬鹿さに先生方を恐慌に陥れる程の成績を残しているというのに、まさかこれでも未だ下限ではなかったなどとアネットの頭の中を覗ける私以外の誰が信じられよう。
ああ、アネットがダメな子だって知ってたはずなのに。私のバカバカ。
「そーですねー。どーせ私はバカですぅー」
はぁ……ご両親も苦労するわけだわ。
とは言っても、どーにも見捨てられないんだけどね。
だってこの子、口では諦めた風に言ってるけど本心では「ホンットせんせーってば口が悪いんだから。でも私を見捨てないって知ってるし」とか思ってるんですよきゃー! 聞きました奥さん!? どうですうちの子はかわいいでしょう!! これが愛の力、信頼のパートナーというものですよ!
「あ、愛とかじゃないから! てか心読まないでって言ってるじゃん!」
ごめんねー、でもそれ前にも不可抗力だって言ったじゃーん。
大体私の思考だって全部アネットに読まれてるんだよ? アネットだけ私の思考読み放題なのに私は一部だけって不公平だと思わない?
「思わない。全然思わない。大体せんせー嫌がってないじゃん。私が嫌なだけじゃん」
いやいや、それは違うよアネット。
私は無駄なことはしないだけ。
アネットだって分かってるはずだよ。
この普通じゃない状況は確かに不便さもあるけれど、それ以上にドキドキやワクワクを与えてくれる、望んでも手に入らないような素敵な環境でもあるって。
全てが望み通りになるっていうのはね、初めはもう、そりゃもう気持ちが良いものだけど、すぐに飽きちゃうんだよね。人ってそーゆー風に出来てるの。
「……それって、先生が前の人の中に居た頃の話?」
――そうだね。
じゃあちょっとだけ、彼女の話をしようか。
同時刻、アネットの授業を受け持つ教師が集まって苦労話に花を咲かせていた。




