【閑話】番外編:バレンタイン編
なんとなく書きたくなったので。
――これはメルクリス家にまだアリシアが居た頃の話である。
◇◇◇
「そういえば、今日は取っておきのお土産があるのよ」
いつものように我が家に遊びに来ていたミランダ様がそう言って取り出したのは、チョコレートだった。
「なぁにこれ? 黒いわね」
「黒いですね」
うおおおぉぉぉぉチョコだ! ちよこれいと様だ!! と沸き上がる感情を必死になだめて素知らぬ振りを貫き通す。
自慢気なミランダ様を見れば言われずとも分かる。
これ絶対高いやーつ。
「ふふふ。これはチョコレイトと言ってね、最近密かに流行し始めた高級菓子なのよ」
「へー」
興味なさげなお姉様と違い私の目はもはや久しぶりに見るチョコに釘付け状態。独特の光沢が目を惹き付け味を想像するだけで口内に唾が溢れる。
はしたない? 結構。
汚名を被る程度でチョコが頂けるなら私は喜んで恥を晒しますとも。
「ソフィアちゃんもチョコ、気になる?」
「はい!」
流行し始めたとミランダ様は言ってたけどそんな情報は私の耳に入っていない。
つまり我が家にチョコを供給してもらおうと思えば、ミランダ様にお願いする他ないという事だ。
「あの、食べてみてもいいですか?」
「ええ、どうぞ召し上がってみて。アリシアもほら」
「ありがとう、いただくね」
渡されたチョコを恐る恐る手に取るお姉様を横目に、触感を確かめ、匂いを確かめ、そのままパクリ。
……ふむ。
「……なんだか不思議な食感ね」
「でしょう?」
お姉様の言う通り、不思議な食感……というか、粗い。チョコだから口の中で溶けるのは当たり前なんだけど、なんかざらっとしてる感じ。あと無駄に甘い。
期待が大きかった分だけ落胆も大きいですよこれは。
「ソフィアちゃんはどう?」
「はい、お口の中で溶けて、とっても面白いです!」
確かにチョコだけど。
チョコではあるんだけど、なんか思ってたのと違うー!
とはいえ無いものはしょうがないので、加工することにしました。
チョコなんかねー、溶かして好きな物混ぜて固めればそれだけで美味しいはずなんだよ!!
というわけで色々用意してみた。
生クリームでしょー、クルミでしょー、オレンジでしょー、クッキーでしょー。
チョコが希少だからあまり試せないけど、家にある材料で確実に相性の良さそうなものを数点選んでみた結果。
「はー、面白いもんだね。甘いけど美味いね」
「本当。木の実とこんなに合うなんて思わなかったわ」
「私はこのオレンジの好きだなー。これお父様も好きそう」
調理場を貸してくれた副料理長のカーリッジさんを始め、ミランダ様もお姉様もお気に入りの一品が見つかったようだ。なお私のお気に入りはチョコチップクッキーである。
「だいぶ食べやすくなりましたね」
一通り味見してみたけど、チョコだけで食べるよりはだいぶマシになったと思う。
これなら舌の肥えてるお母様にも満足していただけるだろう。
うむうむと一人で満足していると、背後からお姉様にむぎゅっと抱きつかれた。
「あーんもう、ソフィアったらなんでもできちゃうんだから! 自慢の妹だよ!」
「ふふ、相変わらず仲が良いわね。私も混ぜてもらおうかしら」
「あの、ミむぎゅぅ」
前から後ろから抱きしめられて、心地好い柔らかさとチョコの甘い香りに包まれる。
ああ、やばいこれいい。かなり幸せ。
いつまでも堪能してたいけど、このままでは息が続かなくなる未来が見える。
「お、お茶を、このお菓子、食べま、せんかぁ〜」
ミランダ様のお胸に口を塞がれたまま喋ったら「このお菓子でお茶会の続きをしませんか?」と言うつもりが意味不明な言葉が飛び出してしまった。
この場にお姉様がいなかったら解読不可能だったと思う。
「そうね。これは間違いなく紅茶に合うわ! すぐに準備しましょう」
「ええ、ええ。今日はチョコのお茶会ね!」
きゃいきゃいとはしゃぎ出す二人を見てるだけで、私も楽しい気分になってくる。
今日もまた、楽しい一日になりそうだった。
バレンタイン編というよりチョコ編。




