行方が定まった魂視点:仲の良い二人
――普通科に変なやつがいる。
どこからどう見ても普通のやつなのに、なんか、すごい。
特徴なさすぎてあんまり印象に残らないのに、地味にすごい。……気がする。
何がすごいかって言われると困るんだけど……まぁみんなも似たような事言ってるし、なんかしらすごいんじゃねぇの?
――これがここ最近のアネットの評判である。
「おかしくない!?」
出来上がったばかりの新作のトランプをぶちまけながらアネットが叫ぶ。
何もおかしくない。
むしろ私の存在を知らない彼らがよくも彼女の本質をそうまで的確に捉えられるものだと感心した。
アネットは普通だ。
普通に悩むし、普通に女の子だし、普通に食い意地が張っているし、普通に調子に乗るし、普通に堪え性がない。
「頭の中で悪口言うのやめてよぉ」
あと普通に頭が悪い。
まさか九九を覚えるのにひと月もかかる人類がいるとは思わなかった。
おかげで私が綿密に計算したテスト対策の自習スケジュールは基礎力不足という恥ずべき理由でご破算となった。
驚くべき学習意欲のなさである。
「絶対せんせーのがおかしいもん……」
そうそう、長らく生活を共にする中で、私はアネットから「先生」と呼ばれるようになった。
勉強を教えてくれるから先生という短絡思考。
惚れ惚れするほどの普通っぷりだ。
「うう、どうせ私は普通だもん……」
落ち込み方も普通な彼女だけど、普通なのは美点だと思う。
普通というのは安心感を与える。
普通は、という言葉を付け加えるだけで人の同意を得られるようになるし、アネットが普通であることにより間接的に世界が平和に保たれている可能性だってあるかもしれない。
「で、本音は?」
アネットが普通に扱いやすくてとても助かってます。
「うわーん! せんせーなんか嫌いだァ!」
あはは、うそうそ。でもアネットの反応が素直で助かってるのも本当だよ。
この間の取引相手だって、素直なアネットが相手だから快く取引に応じてくれたわけだしね。
「あれは舐められてるだけでしょ!」
あ、分かるようになったんだ?
初めの頃は話を聞いてくれるってだけで異常に感激してこっちの要求を全然伝えないで相手の要望だけ全部受け入れちゃうような、取引とも言えない何かしかできなかった、あのアネットが……。
すごい! アネット、成長したね! えらいよ!
「うれしくないぃぃ……」
まあまあ、そう言わずに。
ご褒美だってちゃんと用意したでしょ? お気に召さなかった?
「あれはせんせーのご褒美じゃん! ……そりゃ、私も、いい思いしたけど……」
でしょでしょ! いやー、あれは我ながらファインプレーだったと思うんだよね! さすが私!
「ふぁいん……? まあ、せんせーの言う通りにしてれば上手くいくのは確かだけどさ」
そーでしょー。
アネットってよく私に文句言うくせに、実は私の事大好きだよね。
特にこの間の「せんせーが男の子だったら良かったのに……」ってのにはちょっとびっくりしたよ。ごめんねーせんせー女の子で。
「ちょっとおぉぉまた心の中勝手に見たの!? それやめてって言ってるのにぃぃ!」
いやー悪いとは思ってるんだけど、勝手に見えちゃうんだから仕方ないじゃん。
表層の意識は伝わりやすいんだから、私への愛はもっと心の奥に秘めないとダメだゾ♪
「もうやだ……このせんせーやだよぅ……」
えーとなになに、「でも先生のおかげで毎日が楽しくなったのも本当だから、いつもとっても感謝して……」や、やだなぁもう! そんなこと言われたら照れちゃうよ先生はぁ!
「やあぁぁめぇぇてええぇぇぇええ!! もうやだ! ほんっとやだ! やだやだやだや――」
「うるさいぞアネット!!」
「ひゃいっ!!? ごめんなさいっ!!」
あー……そういえばパパさん、今日は取引先の人が来るとか言ってたっけ。なんかごめん。
あ、お詫びに新作でも作ろうか?
前に作った知恵の輪、気に入ってたでしょ?
「今はいい……。その代わり、夜になったらまた空の散歩したい」
えー、あれはリスクが大きいんだけど……まぁ、お詫びだしね。やりますか。
「やったっ。ふふふ、そうと決まれば今のうちにちょこっと寝ておこうかな」
その前に宿題ー! 宿題終わってませんよアネットさーん! やればすぐ終わるんだから先にやりましょー!
「あー……せんせーは相変わらずだねぇ。分かりました、やりますよ、やればいいんでしょ」
うむ、いい子だねアネット。聞き分けの良い生徒は先生大好きだよ!
「……私も、まぁ、先生のこと、……嫌いじゃないって言うか」
えーとなになに、「先生があの男の子だったら何も問題なく」おおおぉぉぉ揺れるっ、揺れてるっ、分かったから、思考読まないから頭振るの止めてーっ!
「ふ、ふふふ……うぅ。い、いつまでもやられっぱなしだと、ぉ、おぉぅぇ……。お、思わないでよね……うっぷ」
超自爆してんじゃん……。
まったく……あはは。
本当にアネットは、私がいないとダメなんだからっ。
「アイツ、突然叫び出すこと増えたよなぁ……やっぱ医者呼んだ方がいいんじゃねぇかな……」




