行方不明の魂視点:新しい宿主
人は面白い。
人は楽しい。
人は愉快だ。
人は……不思議だ。
◇◇◇
夢を見ていた。
女の子に生まれて、毎日を楽しく生きて、そして撲殺される夢。
犯人は友達が連れてきた女の子で、私とも友達になったばかりだった。
恨み言を言うつもりは無い。
あれは油断していた私も悪かったし、これだけ好き勝手に生きてきたんだからバチが当たったんだろうな、くらいに思っていた。
こんなに幸せでいいのかな〜。いつかぶり返しがきそうで怖いな〜。
いつも口にしていたことが現実になった。それだけのこと。
それに……ねぇ。
私は死んだけど、まだ夢を見ている。
夢の続きは同じ学院が舞台。
ただ主人公が変更になったようだ。私の視点は違う女の子のものになっていた。
アネット・ミスタージャ。
商会長の父を持つ、いわゆる成金。
豪胆な父には似ず突然貴族の仲間入りしたことにひたすら恐縮する、見ているこちらが不憫になるほど周囲に振り回されっぱなしの少女。
そしてこの子の物語は、あまり面白くなかった。
◇◇◇
「はぁ……どうして私ってこうなんだろう」
「はぁ……みんなすごいなぁ……。私なんて……」
「はぁ……宿題しよ」
この娘、とにかく溜め息が多い。
溜め息を吐くと幸せが逃げる。
私の中にある知識が指し示すまでもなく、どこからどー見ても幸せそうではない。というか、逃げ出すほどの幸せ無いでしょ。
今日だけで既に三十回目となる溜め息を吐き、彼女は言葉通り宿題を始めた。
「うぅ……数字って苦手……。数字なんてこの世から消えてしまえばいいのに」
商会長の娘とは思えぬ発言をしながら、彼女は丸を書く。書く。ひたすら書く。そして斜線で消した分だけ、デフォルメされた人の絵の横に新たな丸を描く。
「えーと、十五個。これを三人で分けて……、次に六個、で……。十二個、で……」
15÷3+6÷3+12÷3
解は一人あたり十一個。所要時間、暗算で五秒。
たったこれだけの問題を解く為に、彼女は計六十六の丸と三つの人形を描く。
(なんて非効率な)
見てるだけで退屈。
というか、こんなことに毎日時間を費やしているから楽しい事に手が回らないのではないか。
勉強に時間を掛けると言うのなら、せめて九九でも覚えればいいのに。
覚えるまでに多少の時間が掛かったとしても、それ以降の人生で簡単な計算を一瞬で解ければ商会長の娘としても多少はサマになるだろうし。
「……一瞬で計算が解ける。そんな魔法があればいいのに」
いやキミ魔法もあんまりでしょ。
前の主人公は空は飛ぶわ時間は止めるわのやりたい放題だったけど、キミの魔法って土がのっそりと動くだけじゃん。
「うう、絵が描きたい。ずっと絵だけ描いていたい」
遂には机に突っ伏し宿題を放棄するアネット。
私もひたすら丸だけを書き連ねるだけの作業より、彼女が趣味で描く絵を見ている方が何倍も楽しい。
その為にも早く宿題終わらせてくれないかなぁ。
こんなの前の私だったら五分も掛からずに終わらせてたのに。
「こんなのパッと解ける人の気が知れない」
むしろ解けない人の気が知れない。
二問目の答えは三。三問目は八。四問目は二十九。
ぱっぱっと見ただけで解けるレベルなのに、これを何十分も見続けるだけとか拷問じゃないかとすら思える。退屈で死んじゃう。
「二問目は三。三問目は八。四問目は……あれ、なんだっけ」
二十九だってば。
というかもう諦めたのか。
宿題というものは繰り返し学習の為にするものであって、答えを埋めるだけでは意味がないというのに。アネットの将来が心配すぎる。
「二十、九……っと。ああ終わり! もうこれでいいや! お小言の幻聴が聞こえてくるなんて今日はたっくさん勉強したなぁ! さ、お絵描きしよーっと」
いや全然勉強してないでしょ。
でもお絵描きは賛成だから余計な口は……って、あれ?
アネット、もしかして私の声聞こえてる?
「あーあー、聞こえなーい。お小言はもうたくさんだよー……」
聞こえてる、これ絶対聞こえてるでしょ!
いい、よく聞いてアネット。
私の言う通りにすれば、数日間少し勉強の時間を増やすだけで、それ以降の勉強がすぐ終わるようになるの。どう、興味無い?
「えー、美味しい話には裏があるって父さんが言ってたから」
あんなハゲかけ親父の言葉は無視しなさい!
あのね、勉強がすぐ終わるということは、それだけ自由な時間が取れるということ。つまり趣味である絵に費やせる時間が増えるのよ?
「やります! 私にその、勉強が一瞬で終わる魔法を教えてください! 声だけの誰か!」
声だけの……まあ、やる気になったならなんでもいいか。
私も元気なアネットの方が嬉しい。
いいでしょう。
私の言葉に従えば全て上手くいくと、思い知らせてあげよう!
算数の問題かと思った?残念!絵画のべんきょ……あれ、算数なの?絵ばっかり書いてるのに??不思議だね!




