ロランド視点:その頃の二人
文字数2000字超え。ちょっと長め。
……なんとか間に合ったかな。
顔には出さず、密かに胸を撫で下ろす。
まさか無理矢理迫るとは思わなかった。
もしもあの場に自分がいなかったらと思うと……いや、無駄な想像は止そう。
僕は間に合った。
今はそれだけで十分だ。
「……ロランド様。それで、邪魔をした説明はしていただけるんでしょうね?」
あはは、イライラしてるね。
ソフィアを怖がらせたんだから、このくらいの報いは受けてもらわないとね。
「もちろん。そのためにここまで来てもらったんだ」
休憩時間は長くない。
さっさと済ませてしまおう。
「その前に一言だけ言わせて下さい。ロランド様でしたか。最上級生とはいえ、王子であるヒースクリフ様に対して不遜すぎます。改めて下さい」
そう思ったのに、おまけが口を挟んできた。
邪魔をしないのならと着いてくるのを許したけど、やはり一言くらいは言っておかないと自分の立場を勘違いしちゃうのかな。
「……これを見て貰えるかな?」
抗議を無視し、一枚の書面を広げて見せた。
そこには僕を団長として、新たな騎士団を発足する旨が書かれている。
もちろん国王陛下の承認も得ている公式の物だ。
「……なっ、なんだこれは!?」
「新しい騎士団!? 僕は聞いてないぞ!!?」
お付きはともかく、ヒースクリフがこんなに驚くのは予想外だな。
動揺した姿をこうも簡単に晒しているようじゃ、王族として人々の上に立つに相応しいとは言えない。
彼が正当な王位継承者としてきちんとやっていけるのかと要らない心配すら抱いてしまいそうだ。
……大事なソフィアをこんな頼りない男に預けられるわけがないと、再確認はできたけれどね。
「つまり今や僕は騎士団長。王子本人ならともかく、お付きに命令される筋合いは無いんだ」
「ぐっ……ですが」
「よせ、やめろ。ロランド様。私の身内が失礼をした」
「分かってくれて嬉しいよ」
うん、そうだね。やっぱり思った通りだ。
君は理性的な話が出来る相手だと思っていた。
だからこそ君の権威に対抗できるよう、面倒でもこの立場を手に入れたのだし、その為に方々に手を尽くしたんだ。
「で、次がこれ。はい読んで」
「拝見します。………………これは?」
ヒースクリフの目には訝しむような色が浮かんでいる。
彼に渡した二枚目。
その命令書に書かれている内容を要約すると、こうだ。
「『銀の騎士団団長ロランド・メルクリスは、ソフィア・メルクリスの心と身体を守護すること』。……つまり、僕は国王陛下の命令に従って君の邪魔をしたんだ」
それはこの国に於いて絶対の法。
王子だろうと例外は無い。
「――僕は彼女を害する気などっ!」
「それを判断するのは君じゃない。僕だ」
そう。僕だけが、それを許されている。
共に過ごし、共に成長し、共に助け合ってきた兄である僕だからこそ、ソフィアを傍で守るに相応しいと判断された。
事実、僕は彼女が何を見て喜び、怯え、心を動かすのかを知っている。
性別の差はあるが、今では姉さんにだって負けないくらいソフィアに詳しくなったという自負もある。
「今まで通り、ソフィアに誘われて家に遊びに来るのも構わない。ただ、ヒースクリフ王子に暴走の懸念有りと僕が判断したら、ソフィアに近づくことは出来なくなるということだけは知っておいて欲しいかな」
「そんな……、父上が……なぜ……」
……うん、きちんと道が閉ざされた事を理解したね。
この様子なら反発してソフィアに迫ることもないだろう。
それにしても、いけないね。王族がそんな簡単に弱味を見せたら。
そんなに弱った姿を見せられたら、ソフィアが、彼……カイルと言ったかな。
時々あの少年の心を弄んでいた気持ちが分かってしまうよ。
あれは、躾だ。
誰が上で、誰が下か。
序列の刷り込み。格付け。
自分には敵わないと、魂を屈服させる行為。
「王子。僕はこれでも、王子には頑張って欲しいと思っているんだ」
傷付いた心に染み入るように、優しい言葉を弄する。
弱味は、隙だ。
敵の前で弱味を見せるなんて迂闊にも程がある。
ヒースクリフはまるで救世主に出会ったみたいな顔で僕を見ているけれど、僕が君を助けるだなんてどうして思えるのだろう? 不思議でならない。
「ソフィアに釣り合う男は中々いないからね。もちろん無理矢理は良くないけれど、将来性という点で、僕は王子に期待しているんだ」
僕が救うのは、ソフィアだけに決まっているのに。
◇◇◇
クラスに戻る途中。
念の為にソフィアの様子を確認したけれど、その時にはもういつも通り、外行きの仮面の下で楽しそうに百面相していた。
隠そうとしていても親しい者には分かる。
ソフィアは感情が豊かだからか、笑顔の仮面が不自然に動く。口元や頬がぴくぴく動いたり肩が震えたりするんだ。
あれで本人はバレていないつもりらしい。かわいいなあもう。
一番の不穏分子だった王子はこちらの手中。
これで一安心と言いたい所だけど、油断はできない。
なにせソフィアだ。
あの子は本当に、こちらの予測を軽々と超える出来事をひっきりなしに呼び寄せる。だから心配で目が離せないんだ。
大事な妹の笑顔を思い浮かべ、気の抜けた身体に力を入れ直す。
やたらとトラブルを招き寄せる妹がどんな不運に巻き込まれても確実に救い出せるように。ずっと笑顔でいられるように。
……まだまだ使える力を増やさないと。
ロランドに幼馴染の男の子を躾けて悦ぶような妹と思われているとは露知らず。
彼女は今日もお兄様にぶりっこモードで甘えるのです。あらかわいい。




