フェレット撫でり
初めての出産なのに逆子と判明して、お姉様も不安なのではないか。
そんな予想は見事に外れた。
「ああ〜癒されるよう〜」
お姉様は私たちが連れてきたフェルとエッテと戯れてご満悦だ。
うりうり〜と顎の下を撫でたりきゅーきゅーと鳴きあったりして、久しぶりのフェルたちをそれはもう堪能していた。
我が家にいた頃となんら変わらない姿に私とお兄様は「お姉様は無事にやっている」と笑みを零したが、お母様の印象は違ったようだ。
「……いくらなんでもだらしが無さすぎるのではありませんか? そんな様ではロバートさんにまで迷惑が掛かります。貴女も母になるのですから、その自覚を持って――」
「あの、アイリス様。僕はアリシアがいてくれるだけで幸せですから……」
「そういうことを言っているのではありません。そもそも貴方が甘過ぎるからアリシアが増長するのではありませんか? 前々から思ってはいましたが――」
「え、あ、はい。すみません……」
他所の家に来てまでお説教とかやーね。お母様ったらその行為は恥ずかしくないのかしらん?
などと思ったりもするけど口には出さない賢いソフィアちゃんである。
お姉様もお兄様も、打ち合わせした訳でもないのに叱られるロバートさんを見て見ぬ振り。もちろん私も目を向けるなんて愚かな真似はしない。
誰も助け舟なんて出すことはない。
だって私たちは知っているから。
この状態のお母様に横から口出しなんかしたら、絶対に飛び火するってね!
「お姉様お姉様、新しい芸もあるんですよ。フェル、エッテ、カモン!」
「「キュッ!」」
だからお母様は落ち着くまで放っておくのが一番。
どうせある程度叱ったら満足するから、それまではお姉様に楽しい時間を提供しよう。
「はい、『フェレット撫でり』です。お姉様、頭を撫でて上げてください」
「こう?」
私の服の下に潜り、袖から顔を出したフェルの頭をお姉様が撫でる。
すると頭を撫でられたフェルは「キュウ〜」とかわいい鳴き声を上げて袖の中に引っ込み、代わりに首元からエッテが頭を出す。
私が撫でてあげればまた一鳴きして引っ込み、次は脇の下からフェルが。その次は頭の上からエッテが。
撫でれば鳴いて引っ込み、次の頭を差し出す。
つまるところ、要はモグラ叩きである。
「あはは、なにこれかわいい。あははははは」
お姉様は両手を使ってフェルたちを追う。
きゅぅ〜きゅぃ〜と鳴き声を上げながら、フェルたちが私の服の中を縦横無尽に駆け回る。
とてもくすぐったいが割と幸福感はある。お姉様にもご満足頂けているようだし何よりだね。
「あははははは。あは、んっ。はぁ、あはは……」
「お姉様?」
楽しそうに笑っていたお姉様が小さなうめき声を上げた。
フェルの頭を撫でる為に伸ばされていた手は、今は膨らんだお腹を抑えている。
「んー……、ちょっとね、動いたみたい。楽しいのが分かるのかな?」
お腹を撫でるお姉様は優しい顔をしていた。
そうだ、私はお姉様を助けに来たんだ。
「お姉様。少しお腹を触ってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
許可を得て、大きくなったお腹に触れる。
服越しでも時々動いているのがわかる。
これが、赤ちゃんか。
お姉様と、この子の為に。
いっちょ頑張りますか!
アリシアに似ているアイリスに叱られるのが実は苦じゃないというロバートさんの秘された一面を、彼らはまだ知らない。




