あたたかな抱擁
フェルに先導されて辿り着いたのは……お父様の執務室?
お兄様の身に何かがあって、この場所が使われる可能性……、ッ!? まさか!?
嫌だ! 嘘だっ! そんなはずないっ!
お兄様が死んだなんて……、そんなのっ!
絶対に認めない!!!
「お兄様はっ!?」
バタンッ! と大きな音を立てて部屋に転がり込んだ。
果たして、そこには――。
「……ソフィア? どうしたんだい?」
驚いてこちらを振り返るお兄様がいた。
私を見つめる優しい眼差しもいつも通り。
最近また背が伸びて、スラリとしてきた立ち姿も見慣れたものだ。
腕を組んで、何かを話していたようだけど………………どう見ても無事だね?
「……えっと」
五体満足で見るからに健康優良児。
完全にいつものお兄様です。どう見ても緊急性なさそう。
やがて視界に入ってきた部屋にはお父様とお母様もいたようで、驚きつつも私の様子に何事かと逆に神経を尖らせていた。
やめて。そんな目で見ないで。
ごめんなさい違うんです。
多分あの、また勘違いというか先走ったと申しますか、えっとその……。
「……フェルぅ?」
「キュッ!?」
キュッじゃないよ、まったくまったく!
なんて勘違いをさせるんだい!
寿命が縮むかと思ったよ! いや、もう完全に縮んだね! 三日は縮んだね! 一体どうしてくれるんだい!?
お兄様になにかあったって言うから、私がどれほど心配して必死に……、………………? あれ。
そういえば、「なにかあった?」とは聞いたけど「お兄様になにかあった?」とは聞いてないな。
でもでも、お兄様のところにいたフェルが緊急の知らせを寄越すんだから、お兄様の身になにかがあったと思うのが普通じゃない?
「お兄様の身に、何かがあった訳では無いのね?」
「キュウ」
申し訳なさそうに頭を垂れるフェル。
そっか……。よかった。
今頃になって実感がわいてきた。
本当に、お兄様が無事で、良かった。
「こら、ソフィア。床に座り込むなんて――」
「父様! ……母様、ソフィアは僕が見てますから」
「ええ。お願いします」
床に? あ、本当だ。
いつの間にか座り込んでたみたい。
あはは、安心したら力が抜けちゃったのかな。
へたりこんだ私に、お兄様がそっと寄り添ってくれた。
労る気持ちが詰まった、優しい抱擁。
「お兄様……」
「ソフィア。僕は大丈夫だから。心配してくれてありがとう」
本当にお兄様は優しいんだから。
これじゃあ、立場が逆じゃん。
私がお兄様を助けようって、女神様を頼ってでもって、そう覚悟してたのに、
「うぅぅ……っ」
あ、あれ? おかしいな。
泣くつもりなんか、な、無かったのに、な。
体を包み込むあたたかい温もり。
確かな存在感とお兄様の匂いに包まれ、私は声を押し殺して、泣いた。
◇◇◇
恥ずかしさでちょっと赤くなった顔で、私は事情を聞いていた。
なおお父様の頬にも赤い跡が付いていた。お母様にお仕置きされたらしい。
え? お兄様に手を繋がれてる今の状況は恥ずかしくないのかって?
私以上に恥ずかしがってるお兄様の姿が見られるなら、このくらいなんでもないね。
気にしてない風を装ってるお兄様かわいい。
「それで、フェルに呼ばれて来たんですけど、何の用ですか。緊急ですか」
ううむ。恥ずかしさからか、どうにもぶっきらぼうになっちゃうな。
ぶっちゃけ自爆なんだけど、自爆だからこそ人に当たるのは良くない。
反省しよ。
「そうだな。本来なら知ったところでどうすることも出来ないが、ソフィアがいればあるいはと思ってな」
なんか勿体つけるね。
どんなに偉そうにしたってほっぺたの赤い跡が浮気のバレた旦那みたいでちっとも怖くない。
普段もだらしないし、お父様は偉そうにするの向いてないと思う。
「アリシアの出産だが、どうも危ないかもしれないらしい」
「出産?」
出産ってなんだ? えーと、出産出産……出産んんん!?
お、お姉様が出産だと!? 妊娠報告すら聞いていませんが!?
一体どういうことなの!!
〜ソフィア入室時〜
エッテはアイリスに撫でられていた。
〜ソフィアが泣いている時〜
エッテとフェルはアイリスに撫でられていた。




