僕はソフィアの……!
追い詰められた人間は、時にとんでもない行動を起こしたりする。
嫌な予感がした。
私との関係を説明しろとの無茶振りに、必死に答えを探していた王子様は、さも「良い考えが浮かんだ!」とばかりに顔つきを変えたのだ。
それ絶対良い考えじゃないよね。
「僕は、ソフィアの――」
とはいえ、万が一ということもある。
何より確証もなく王子様の発言を遮るなんてこと、私にはできない。できないったらできない。確証あっても出来ればしたくないくらいだ。
王子様にも大分慣れてきたけど、何の化学反応か私たちが揃うと碌な事がないからね。
触らぬ神に祟りなし。
「クラスメイトですな。ヒースクリフ王子のことは存じております。説明は不要です」
「――。……そうか」
王族にインターセプトとか恐れ知らずかよ。
今王子様、明らかになにか言おうとしてたじゃん。よく遮れるな。
賢者ってすごい。
あ、今は奴隷さんでしたっけ? 下僕? どっちでもいいね。
それに王子様相手でも四つん這いの姿勢崩さないって、いいのそれ? 不敬じゃない? どう見ても下の立場には見えはするけど、逆に不敬じゃない?
お母様もメンタルすごいけど、下僕賢者アドラスさんもどんなメンタルしてるんだ。
賢者ってのは打たれ強くないと勤まらんのかね。
「ではアイリス。早くメリー様を引き取ってくれ」
この態度よ。
いや間違ってはない、はずだ。
彼が正しく賢者として出迎えたなら、この台詞になんの問題もなかった。
……でもさあ。
「あなた。さっきから偉そうじゃない? 自分の立場を弁えなさいな」
「何が不満なんだ。言うことは聞いているだろう」
今のアドラスさんは、部屋に入ってから一歩も動いていない。
これもうメリーに従順なお馬さんにしか見えないよね。
となれば当然、命令口調にも違和感しかない。
それに対して……。
「本当に生意気な下僕ね」
アドラスさんの首に跨り首を振る、飼い主たるメリーの違和感の無さよ。
もうちょっと違和感あっても良くない?
表情筋が動かないぬいぐるみの身でありながら、手振り足振りで感情を豊かに表現。
尊大な物言いで頭と背中を渡り行き、触り心地の良い綿の詰まった足でてしてしと背中を踏みつけるその姿は、まるで長年こうやって人間を躾続けてきた調教師の様。
これで調教師歴一日だなんて、メリーには女王様の素質があるとしか思えないね。
「(ねえご主人様)」
うおびっくりした。
メリーのことを考えていたら、急に頭の中に声が響いてぴくんとしちゃった。これ、メリーからの念話?
「(私がどうしてこの男の主になったのか知りたくない?)」
「(それは知りたいけど)」
知りたいかと問われれば、それはもちろん知りたいのであります。
メリーみたいに大人の男性を下僕にする趣味はないけど、アーサー君みたいな男の子なら……じゃなくて。
事態を正しく把握するためにね。
知っとく必要はあると思うんだよね、うん。
「ああ、下僕があまりに無能だから、暇つぶしにおしゃべりがしたくなったわ」
私の返事を聞いたメリーがあからさまに声を上げた。
その言葉の意味に気付かないアドラスさんは、憮然とした表情のままお馬さんに徹している。
この人賢者とか呼ばれてる割に残念過ぎない?
「ねえ、みなさん」
とてとてと馬の背中に移動したメリーはくるりと振り返ると。
「魔族って知ってるかしら?」
とても楽しそうな声音で、その単語を口にした。
すごすごと引き下がったヒースクリフ様と、そんな彼を見ても何も気に止めた様子のない娘。
アイリスは密かにため息をついた。




