変態があらわれた!!
一度は開かれ混沌をまき散らした扉は、今は閉ざされ沈黙を保っている。
まずは状況を整理しよう。
ここは学院。
私たちは今、攫われたぬいぐるみを取り戻すために下手人であるネムちゃんの師匠がいると思われる部屋の前にいる。
弟子のネムちゃん。
同じ賢者であるお母様。
上司の息子、王子様。
そしてメリーの主人である私。
最高のメンバーを揃えて「被疑者確保ォーッ!!」のつもりで扉を開ければ、そこにいたのは……その、なんだ。
…………変態的な行為に勤しむ一人の男性、でした……。
いやいやいやいや何今の? 今の何!?!?
ハダカとかポロリとかはなかったけど、四つん這いになって、背中に……紛れもなく変態! しかも上級者の変態だ!?
コンコン
「アドラス、いますか? 入りますよ」
お母様すごい。今のを無かったことにするとかマジ? 流石お母様は格が違った。
まさか相手がこっちを見ていなかったのをいい事に仕切り直しとは。その切り替えの早さ、素晴らしいね。
とはいえお母様以外は未だ平静を装えていない。
その辺りの配慮が欠けるとはお母様らしくもないミスだ。平静を装ってはいても、少なからず動揺してるってことかな。
そうして室内に声を掛けてから、少しの間を置いて。
相手にもそれなりの猶予を与え、それこそ来客に気付いて立ち上がる程度の時間は確実に置いた上で、再度開いた扉の先には。
「誰かと思えばアイリスか。久しいな」
相変わらず地面に四つん這いになって背中にメリーを座らせてるおじさんが、顔だけをこちらに向けて、ごく普通に挨拶している姿があった。
新手の妖怪かな?
「……ええ」
お母様の鉄面皮すっご。
ぬいぐるみとおっさんのアブノーマルプレイ見てもマユひとつ動かさないとかメンタル強すぎじゃない?
昔から無表情な方だったけど、今は私のおかげで大分表情豊かになったと思ってたのに。
まさかこんなびっくりな場面に遭遇して無表情を貫くとは思わなかった。
もしかして優しく微笑んだり露骨な呆れ顔見せたりするのは家の中だけで、外では今もこうなの? 内弁慶でシャイなお母様なの? それはそれでかわいいな。
まあお母様に限らず変態相手の反応なんて塩対応で当然かもだけど。
変態に慈悲は無い。
「ふむ。後ろの学生らを見るに、用件はこのぬいぐるみの」
「メリー様でしょ?」
「……メリー様の話かな? それなら問題は無い。メリー様は既にネフィリムの元に」
「ネフィリム様、でしょ?」
「…………失礼。なあメリー様。俺はこれでもネフィリムの師匠でもあるんだ、それは許してくれないか? こんな格好を晒すのだって勇気がいるんだぞ」
「あらアナタ。自分からなんでもすると言ったのにもうやめちゃうの? なんでもっていうのは、なんでもってことなのよ? 賢者のくせにそんなこともしらないの?」
「……………………ネフィリム様。メリー様を引き取ってくれないか」
なにこの二人。
口調は平静ながらも途方に暮れた雰囲気を醸し出す賢者おっさんと、その背中をてしてしと踏み続ける傲岸不遜なうさぎのぬいぐるみ。
ぬいぐるみが動いて喋ってるの自体はとてもファンシーかつコミカルでいつまでも見ていられるくらい愛らしいんだけど、その舞台は無抵抗な男性の背中の上で、話す内容は高圧的だ。
この場を一言で表すなら、そうだなぁ。
――メリーが暴君と化していた。
妖怪、ぬいぐるみの馬おじさん。
ぬいぐるみを乗せたお馬さんごっこの体勢のまま「久しいな」とか言う。真顔で言う。逃げたら這って追ってきそう。
背中のぬいぐるみは表情とか無いのでかわいい。うさぎ型。




