魔法使いメリーちゃん
ネムちゃんに告げられた衝撃の事実に、頭が一瞬、真っ白になった。
……それが事実だとしたら。
ありえない。いや、可能性としてなら考えられる事ではある。ただ、信じたくないだけだ。
震える唇が紡いだのは、確認の言葉だった。
「……ごめん。もう一度、言ってもらえる?」
本当に?
いつから?
なぜ?
「その、メリーちゃんが……、あのね」
いくら心の準備をしようとしても、頭は空回りするばかり。
気付かなかった代償。その影響はどこまで広がるのか。
想定ができない。
事態は果たして、未だ取り返しのつく範囲に納まっているのか。それとも。
「メリーちゃんが魔法を使ってるところ見られちゃったの」
……まさか、メリーが魔法を使えるようになってたなんて。
気付かなかった、私のミスだ。
◇
ネムちゃんの話を聞いた私は、明らかに顔色が悪くなったらしい。
みんなに心配されるのをこれ幸いと体調不良を理由に授業をサボり速やかに帰宅。その足でお母様に相談した。
「念話に浮遊。光球などの魔法を使っていたそうです。ただ、それが全てとも思えません」
「この事を知っているのは?」
「メリーを預けたネフィリムさんと、その師匠。【探究】の賢者の二名だけです。ネフィリムさんには口止めもしてあります」
「【探究】とは、また厄介な者に知られましたね……」
分かる。その賢者さんのこと何も知らないけど、【探究】って響きと「魔法を使うぬいぐるみ」がどんな化学反応を起こすのかは分かるよ。
メリー絶対分解されてるじゃん!
もうこれ間違いないって。
うわあ、やだなあ。こんな身近に人(形)体実験の被害者が生まれるなんて。
正直バラバラにされたメリーのどこに心と呼ばれる機能があるのか気にならないでもないけど、メリーと探究さんの話によっては私まで人体実験の標的にされる可能性すらあるんじゃないかな。今はそれが何よりも怖いです。
とはいえ、ぬいぐるみを解体するのと人間を解体するのではその意味合いも大きく異なるワケで。
普通は人相手にそんなことしないだろうけど、どこにでも常識の通じない相手はいるもんだ。それが探究さんでないとは言い切れない。
……なんか不安になってきたな。
探究さんと既知らしいお母様に、念の為聞いておこうかな?
いやでも、肯定されるとそれはそれで怖いし……、とはいえもし本当に危険人物だったら心構えくらいはしておきたい。ええい、びくびくするのも面倒だ。聞いちゃえ。
「あの、私もその賢者さんに攫われたり……しませんよね?」
「そんなことはさせません」
お母様の返事聞いた?
させませんだってさ。
そんなことはしない、とかじゃなく、させません。
……うおおこっわぁ。しばらくは身体強化絶対切らないようにしよ。あ、あと部屋の警備レベルもあげとこ。
「今日にでもこちらから出向きましょう」
お母様もいつもの鉄面皮モード入っちゃって臨戦態勢って感じ。
これから戦争にでも行くみたいにピリピリしてる。部屋に自警用戦乙女配備しようとしてる私が言うのもなんだけど。
「ネムちゃんはどうします?」
「ネムちゃん? ……ああ、メリーを預けたという当事者の一人ですか。そうですね、ではソフィアは今から学院に戻り、終業してから三人で向かう事としましょう。私もその間に準備を済ませます」
何の準備だろうね、聞かないけど。お母様は本当に頼りになるわあ。
お母様の言う通りにしとけばもう安心だね。というか他に私に出来ることないし。
ん、いやあったな。あるじゃん、真っ先に確認するべきことが残ってたわ。
危ない。これは気づいて良かった。
「分かりましたお母様、でもその前にもう一点だけ。もしかしたら、メリーがいつ魔法が使えるようになったのか分かるかもしれません」
「マリーですね」
さすがはお母様、気付いてたか。
そう、メリーの妹であるくまのぬいぐるみのマリーちゃんはメリーと仲が良いし、家では常に一緒にいた。何か知っている可能性は高い。
「行きましょう」
頷き合い、私の部屋へと向かう。
というかお母様、よくマリーの名前覚えてたな。そんなに話題にした記憶ないのに。
さすが私の母親。記憶力いいね。
「悪意を持ち自我があるぬいぐるみ」なんて面白い研究対象の個体識別名称を忘れる訳が無かった。




