アーサー君と楽しい放課後
ヘレナ研究室に突如現れた男の子、アーサー君。
だがしかし! 怒りん坊でかわいい彼の正体は、組織からの命令を受けたエージェントだったのだ!!
でも待って、違うの! 純粋な彼は組織に利用されているだけ!
その命令が一人の善良な女の子を陥れるものとは知らず、命令を忠実に実行しようとする哀しきエージェント、アーサー。
ターゲットとして狙われた少女は謂われなき中傷を受けながらも、彼の境遇を知って心を痛め、必死に説得の言葉を重ねてゆく。
「アナタは本当は優しい人。私には分かる……」
組織に利用された幼きエージェントと、ターゲットにされた女の子の行く末とは!?
劇場で君は、目にするだろう。本物の真心を――。
乞うご期待!
――そんな宣伝でも流したくなる、見事な交渉術だったね。
初めは反目していたとしても、所詮は子供。
このソフィア様にかかれば歓心を得ることなど容易いことよ!
「おいソフィア! すごいぞ! この雲、あまいぞ! おいしい!」
「ええ、そうなんです。美味しい雲、気に入って頂けましたか?」
「ああ! オマエすごいやつだったんだな!」
ふふ、たわいないものよのう。お菓子ひとつでこのザマとは。
王子様といえど、子供の身である以上甘い誘惑には耐えられなかったようだね!
なにせアーサー君に提供したお菓子は子供受けが約束された必勝の切り札。約束された勝利の菓子なのだから。
「本当、面白いお菓子ね。物理、科学……なるほどね」
「単純な仕組みですがこの発想力には驚かされますね。ソフィア様、感服致しました」
「ありがとうございます。いつも美味しいお菓子を用意してくれるシャルマさんに褒められると、嬉しいですね」
「恐れ入ります」
大人たちだって、珍しい見た目のお菓子に興味津々。
お菓子係……じゃなかった。ヘレナさんのお世話係のメイドさんまでも、調理中の甘い香りに誘われて落ち着きをなくした挙句、「あの、私にも味見をさせて頂けませんか?」と私に直接声を掛けてくる始末。
普段あまりお話してくれないシャルマさんと仲良くなれたのは嬉しい誤算だった。
「はー、雲はおいしかったんだなー……。王城が雲に届くほど高ければ、毎日これが食べられたのに……」
あはっ! アーサー君意外とメルヘンチックだね!?
どうしようこれ。
放っておいたらあちこちで「雲っておいしいんだぞ!」と吹聴しそう。
んで後日、そんなことを言い出した経緯を知った周りの人から微笑まし〜い目で見られて、羞恥に顔をぷるぷるさせながら涙目で「ソフィアぁ!!」とか言って会いに来てくれそう。
ふふ、それはとっても素敵だけど、あんまりいじめると可哀想だからね。妄想だけで許してあげよう。
「それでアーサー様は、王妃様になんと言われて学院へ来ることになったのですか?」
「む、それは……うーん」
おお、揺れてる揺れてる。
この程度で揺らぐ使命なら無理に聞き出してもなんら問題ないね。うん、全く問題ない。
「話してくれないと、悲しくて悲しくて、しょぼーんと雲のように小さくなってしまいそうです」
「ああっ! おい、雲が縮んだぞ!? どうなってるんだ!?」
ほんっと反応かわいいなあ。あーかわいい。
「私がふわふわとした楽しい気持ちで作り出した雲ですから。私が悲しい気持ちになると消えて無くなってしまうのです」
しくしくと泣き真似をすると、その度に体積を減らすアーサー君の綿菓子。
その原因はもちろん私の悲しさなどではなく、ひっそりと送り込んだ水密度の高い空気のせいだ。有り体に言えば薄い霧。
口に含んだら溶けて消える綿菓子は、水分にとても弱い。
「なんだと!? おい、早く楽しくなれ! ああっ、どんどんと小さくなっているじゃないかっ!! どうしたら楽しくなるんだ!?」
「アーサー様が学院に来た理由を……」
「分かった話す! 話すから! あっ、あっ、小さく……こんなに小さくなってしまった……」
溶けて半分ほどに縮んだ綿菓子を絶望の眼差しで見つめるアーサー君。どんだけガッカリしてるの。
ちょっと弄りすぎたかな?
アーサー君、あんまりにもいい反応してくれるからついね。ちょっと反省。
「大丈夫です。アーサー様が王妃様から聞いた話をして下されば、たちまち楽しい気分になって、また新しいふわっふわな雲を生み出せますから!」
「そ、そうか! よし、任せろ! えっと、お母様が言うにはだな……」
一瞬で復活したわ。
早く話さないとまた萎むと思ってるのか慌て気味だけど、まあ元気になったならいいでしょ。
はてさて、王妃様は一体何が目的で、こんなにかわいいアーサー君を学院に送り込んだのかなー?
真心(物理)。
あまぁいお菓子でアーサー君を篭絡出来たのはいいけど、研究室に甘い匂いが充満して胸焼けしそう。




