信者が増えました
対ミュラーのお爺ちゃん戦では思わぬ強さに『時間停止魔法』なんて禁呪を使わされ、文字通り長い一日を過ごす事となった明くる日。
「ソフィア様!」
教室に入ると開口一番、待ち構えていたミュラーから敬称付きで呼ばれた。
周囲の視線が集まる。
「ちょっと外行こうか」
「はい!」
泣きたい。
「で、どういうこと?」
「何がでしょう?」
何故敬語。
「言葉の端々から敬意を感じるんですが」
やっと打ち解けてきたと思ったらこの仕打ち。
とても深い溝を感じる。
「それは勿論、目上の方ですから」
メウエノカタ?
むしろ目下の方じゃありませんかね。
爵位もだけど物理的にも見下ろされてるし。私、背ちっちゃいからね。
「いつから私は目上の方になったの?」
「昨日の試合からです! 卑劣な手段が用いられたとはいえ、お爺様に土をつけたのはソフィア様が初めてですから!」
「え、ほんとに?」
「はい!」
バル爺ちゃん、あの年まで無敗なの? スゴすぎない?
剣聖ってそんなスゴかったのか……そうか……。
「でも昨日帰るまでは普通に話してたよね?」
「あの時はまだ、目潰しなどという非人道的な行いに動転していて……。帰ってからお爺様に諭されたんです。『どんな悪辣な手段だろうが、勝ちは勝ちだ。手段を選ばない勝利への執念が、儂に膝をつかせる結果になったのだろうよ』と」
ねぇさっきから目潰しがこれでもかってくらいディスられてるんだけど、たかが目潰しでしょ? そんな極悪非道扱いされる程なの目潰し?
あれでも随分マイルドにしたつもりだったのに。香辛料使わないでよかった。
「それを聞いて思ったのです。私に足りないのは勝利への執念だったのではないかと。思えば私は、剣姫の称号を賜る以前より――」
なんかめっちゃ語りだした。
なんで語りだすの? 私にはわからん。今はちゃっちゃと教室に戻らないといけない朝の短い時間なのに。
「気持ち良さそうに話すので途中で止めるのが憚られまして」とか言ってもあの先生、絶対許してくれないよ。絶許だよ絶許。ひんやりした目で愚か者認定されちゃうよいいの? 私は嫌だ。リチャード先生って差別はしないけど区別はするタイプっぽいし、露骨に態度変わりそうだし。
ミュラーには悪いけど話早く終わらしちゃおう。
「えっと、つまり?」
「つまり、ですか? そうですね……私はいつか、お爺様をも超える剣士になるのが夢なのです」
えへへ、と恥ずかしそうに夢を語るミュラーさん。
うん、かわいいけどそうじゃなくてね。
ええっと、よくわかんないけど、要はお爺様に諭されて私が尊敬に値する人物だと思ったから態度も改めようと思ったってこと? かな?
ミュラーもバル爺ちゃんも人に騙されやすそうで心配になっちゃうね。あんなイカサマ試合で尊敬されても困るよ。
「ミュラーならきっとなれるよ。ところで私に敬語使うのやめてくれない? 様付けも」
「え? でも……」
あ、迷ってる。これは押せるな。
「ミュラーとは対等なお友達の関係でありたいの。これからもずっとね」
ギュッと手なんか握ってみたりして。
「ソフィア……! ええ、分かったわ!」
くっそチョロいな。助かるけど。
でもまあ、うん。これでひとまず大丈夫かな?
なにかする度に新たな問題が発生してる気がするけど、人生なんてそんなもんだよね?
というか出会った頃なんか私、どちらかと言えばミュラーに見下されてた感じしたんだけど。そーゆーの気にせず相手を敬えるのってスゴいよね。いや根に持ってるとかじゃなくてね。
相手の良い所を素直に認められるのは美点だよね。
「じゃあ教室に戻ろうか」
「ええ」
ミュラーが素直な子でよかった。
念の為に昨日の出来事の口止めをしてミュラーと一緒に教室へ戻ると。
「あ、戻ってきた」
やっぱりミュラーが様付けで私を呼んだのはみんなが気になる事件だったようだ。
集まってたカイルたちに何の話をしてたのか聞かれたけど、全て「ちょっとね」とはぐらかしておいた。少し思わせぶりにするだけで引いてくれるんだから異性は楽だね。
グイグイくる同性は笑顔で誤魔化してたけど、カレンの「ソフィアはやっぱりすごいんだね……」の台詞には心臓が跳ねた。
思わずミュラーを見るも、クラスの女子と話してて気付いてくれない。でもバル爺ちゃんとの勝負に勝ったって話、誰にもしてないって言ってたよね?
お淑やかなカレンの……なんだろうこれ。憧れ? いや期待? なんだかキラキラとした視線が刺さる。
カレンちゃん。
やっぱりって、なんですか?
今回は使わなかっただけで用意はしてあります。対人用香辛料爆弾。
悪魔の発明家ソフィアによって実は危機に瀕していたバル爺ちゃん。剣聖の威厳保てて良かったね!