ミュラー視点:剣聖vsソフィア
信じられない。
これが非公式な手合わせでしかないことが残念で仕方が無い。
今、目の前で繰り広げられているのは、ソフィアの弟子入りの試験。
当然私も受けた事がある。条件も変わらない。
私が試験を受けた当時は今よりも幼い時分だったとはいえ、既に同世代に敵はなく。
兄たちよりも優れていると褒めそやされていた私は、剣聖と呼ばれる祖父が自分と戦ってくれないのは、負けるのが怖いからだと思っていた。
◇◇
「儂に一本いれてみろ!」
念願だった祖父との試合。
勝利の報酬として提示された弟子入りに魅力を感じていた訳では無い。
ただようやく、自分は祖父よりも強いのだと証明することができる。そんな不遜なことを考えていたと思う。
結果は、あまりにも圧倒的な敗北。
挑発を真に受けて無謀な突進を繰り返し、ただの一度も、祖父を脅かすことさえ出来ずに何度も地面を転がされた。
悔しさに涙する私を見て、祖父は「本気で儂に適うと思ったかヒヨッコめが!」と大笑いしていたと思う。
その後才能はあると認められ、祖父に師事することにはなったけれど。
つまり「儂に一発いれてみろ」という発言は、できないことを分かっていて言っているのだ。
一発当てるだけ。たったの、一回でいい。
その一回がどれだけ遠いか。
その程度なら、と思わせた上で、その程度すらも先が見えぬほどの高き壁なのだと。
無闇矢鱈に振るっても意味はなく。
ただ一回を当てる為に、数十数百の剣を振るい相手の守りを一枚ずつ丁寧に剥がすのが正解だったと、今ならば理解出来る。
◇◇
――それが唯一の正解であると疑っていなかった、のに。
「えい」
「ぬっ」
「くっ!」
「っと!」
お爺様が押されている。
信じられない。
お爺様が劣勢になっていることも信じ難いことだけど、ソフィアの戦い方も信じられない。
この展開の契機になったのは、やはりあの攻撃からだろう。
二人が何かを話して、受けに徹していたソフィアが攻めに回った次の瞬間。彼女は石を飛ばしたのだ。
どこにでも転がっているような、小さな石。
いつの間に拾っていたのか、それを三個連続してお爺様の顔に放った。
突然の奇行にもお爺様は冷静に対処し、飛来した小石を叩き落とす。その間にソフィアは、今度は少し大きめの石を取り出し軽く放ると、手にした木剣を思い切り振り抜いた。
……剣として扱うべき木剣で、石を打つなんて。
衝撃に耐えられずに砕けた石がお爺様に襲いかかる。ソフィアも後を追うように突進していく。
相対している最中、目に石の欠片が入るなんて事になればお爺様といえど敗北は必至だ。
お爺様は一度引くことを選んだ。
ソフィアと一緒に宙を進んでいた数多の小石片は、距離を離されたことで勢いを無くし、目標を見失……わない! ソフィアの横を一定の速度で着いて動く!
あれは風の魔術!?
一体いつの間に!? という私の動揺と同じものをお爺様も感じたのか、動きが一瞬乱れた。その一瞬で、加速したソフィアに追い付かれた。
ソフィアが姿勢を低くしつつ、激突の瞬間に備え力を貯めている。
その動きとは反対に、小石片は跳ねるようにしてお爺様の頭上から殺到した。
また魔法を!? すごいけれど、そんな戦い方は邪道だと思うわよ、ソフィア!
上と下からの同時攻撃。
お爺様は加護を込めた木剣を振り上げ、剣気で小石を吹き飛ばすことにしたようだ。
さすがはお爺様。
鬱陶しい目潰しを先に無効化し、同時にソフィアへの攻撃へと繋げるなんて!
不発となった目潰しに動揺するでもなく、ソフィアは大きく木剣を振り上げたお爺様へと一直線に飛び込んで行った!
そうよソフィア! 激突こそが剣士の華よ!
「くっ!」
それでも体格差という歴然とした差が、ソフィアを軽々と吹き飛ばした。
大きく体制を崩した彼女に、追撃を逃れる術は――え?
「私の勝ち、でいいですよね?」
「……今、何をした」
「それは乙女の秘密です」
お爺様が膝をついていた。
どうして? 何が起きたの?
ミュラーさん、いいですか。よく聞いてください。
「ソフィアは参考にしてはならない」